約 1,869,240 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5729.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第20話 遠い星から来たお父さん (後編) エフェクト宇宙人 ミラクル星人 緑色宇宙人 テロリスト星人 登場! 「ウルトラマンA……相変わらずいいタイミングで来てくれるわね」 「……でも、かっこいい」 ふたつの月を背にして空に立つエースの姿は、銀色の体に金色の光をまとい、神秘的な 美しさすら持って、雄々しくテロリスト星人を見下ろしている。 キュルケとタバサは、へし折られた木の影から、その勇姿を見て顔をほころばせていた。 さらに、エースの背にかばわれて、ロングビルとアイ達も、驚きと喜びに目を輝かせていた。 「ウルトラマンA……」 「エース、おじさん! エースが、ウルトラマンが来てくれたよ!」 「ウルトラマンA……私達のために」 エースは、シルフィードが安全なところまで逃げ延びたのを見届けると、テロリスト星人の 目の前に着地した。 「シュワッ!!」 油断なく構えを取るエースに、テロリスト星人も動揺しながら剣を構えなおす。 「うぬぬ、どいつもこいつも邪魔をしおって、こうなったら貴様もいっしょに倒してくれるわ!!」 猛然とテロリストソードを振りかざして向かってくるテロリスト星人を、エースは真正面から迎え撃った。 「ダァッ!!」 テロリストソードが振り下ろされるより早く、エースの右ストレートパンチが星人の顔面にめり込み、 そのまま紙切れのように吹き飛ばす。 「ハァッ!!」 よろめいたテロリスト星人に、エースは容赦なく、怒涛の連続攻撃を叩き込む!! 「シャッ!!」 「グハッ!」 エースの正拳突きが腹を打つ。 「デヤッ! ハッ!」 チョップの連打が星人の顔面をしたたかに打ち付ける。 「トオーッ!!」 そしてふらついたところに猛烈な勢いのジャンプキックが打ち込まれ、星人はひとたまりも無く 吹き飛ばされた。 もちろんそれで終わりではない。起き上がってきたところでさらなる連撃が始まった。 パンチ、キック、膝蹴り、投げ技、テロリスト星人は切りかえす余裕もない。 「すごい、なんて強さなの」 今回初めてエースの戦いぶりを見るロングビルも、自分の土ゴーレムなどとは比較にもならない 別次元の戦いに瞬きするのも忘れて見入った。 そのとき、エースの背負い投げがテロリスト星人に炸裂、星人は地面に叩きつけられると、 5回も森の中を転がされて、ようやく止まった。 「く、なぜだ……なぜこうも、食らえ!!」 まるで歯が立たないことに愕然としたテロリスト星人は、苦し紛れにテロファイヤーをエースに 向かって放った。弾丸は、エースの体に突き刺さり、爆発を起こし、キュルケ達は一瞬顔を しかめたが、エースは身じろぎもせずに仁王立ちでそれを振り払ってしまった。 「な……」 驚愕するテロリスト星人だが、同時にそれを見守っていたキュルケ達も驚いていた。 「き、今日のエースはいつにも増してすごいわね。なんというか、闘志がみなぎってるというか」 先の才人と星人の戦いを見て、キュルケはテロリスト星人は決して弱くなく、むしろ武器を 持っている分だけエースより有利だと思っていたが、エースはそんなハンディなどものともしていない。 「エースも、怒ってる……」 タバサがぽつりとそう言った。 そう、怒りを燃やしているのは何も才人達ばかりではない。エースも、非道なテロリスト星人に 対して怒っていた。善良なミラクル星人をいたぶり、小さな子供を泣かせ、これで怒らずにいつ 怒れというか、悪に対して怒らずに、人はどうして正義を貫けるか。 「こいつだけは、許さん!!」 それは、才人の意思であり、ルイズの心であり、エースの思いでもあった。 もちろん、ただ怒るだけでは駄目だ。しかし、怒りを力に変えて、なお冷静に戦う術も、また存在する。 二人の思いがエースに伝わり、エースはその思いを力に変えて戦う。 テロリスト星人は、自らの非道によって自らの寿命を縮めていたが、いまさら実力差に気づいた ところでエースは容赦はしない。 「デャッ!」 エースが両手を高く掲げると、その手が雷光のような超高温のエネルギーに包まれた。 『フラッシュハンド!!』 強化されたエースのパンチとチョップが嵐のようにテロリスト星人に叩き込まれる。 星人は全身を瞬く間にボロボロにされて倒れ掛かるが、エースの攻撃はなおもやまない。 今度は、高圧電流を帯びさせたエースのキックが、スパークを起こしながら星人の腹に 打ち込まれた。 『電撃キック!!』 蹴られた場所からすさまじい火花を上げて、星人は蹴り上げられて宙を舞った。 並の怪獣や超獣なら、これですでに絶命しているだろう。テロリスト星人はなんら反撃のできぬまま、 森の中へと崩れ落ちた。 「強い、強すぎる……」 あまりにも一方的すぎる戦いに、呆然とキュルケはつぶやいた。 テロリスト星人は、森の中に仰向けに倒れたまま動かない。 だが。 「まだ、生きてる……」 タバサが言ったとき、テロリスト星人は棺から身を起こすミイラのように、ゆっくりと起き上がってきた。 もうすでに全身がズタズタで、テロリストソードも持っているのがやっとのようだったが、それでもまだ生きて、 剣を振り上げ、狂気を目に宿らせてエースに襲い掛かった。 「このテロリスト星人が、こんなところで負けるはずはないぃぃ!!」 もう剣術もなにもない、でたらめに剣を振り回しながら、闘牛のようにエースに突進してくる。 「シャッ!!」 エースは飛び上がって攻撃をかわしたが、星人は狂気に身を任せたまま反転するとまた迫ってくる。 まるで命そのものを燃料にして戦っているようだ、これではエースも反撃の余地がない。 だがそのとき、戦いを見守っていたキュルケとタバサの前に、どすりと重い音を立てて、何かが落ちてきた。 「な、なに?」 「あ、おう、娘っ子たち。無事だったかい」 それは、才人に投げられて、テロリスト星人の手に突き刺さったままだったデルフリンガーであった。 「あんたどうしたのよ、こんなとこで?」 「あ、いやあ、相棒に投げられて、奴の手に刺さったままそのまんまになってたんだけどな。 あいつがあんまりぶんぶん振り回すもんだから、とうとう振り落とされちまったのよ」 デルフはカタカタつばを鳴らしながら、そう説明した。 「あんたはのんきでいいわねえ、エースがピンチだってのに」 「ああ、知ってるよ。まったく仕方ねえな、おい、俺をエースに向かって投げろ!」 「え、まさかあんたアレをやる気?」 「おう、早くしろ!」 「わかったわ、タバサ!」 キュルケはデルフリンガーをレビテーションで思いっきり投げ上げた。 打ち上げ花火さながら、デルフリンガーはきらきら輝きながら月を目指して飛んでいく。 「エア・ハンマー」 ぐんぐん上昇していくデルフリンガーに、タバサは風魔法で圧縮された空気の塊をぶっつけた。 方向転換は見事に成功、狙いはもちろん、エースの頭上。 「あいぼ……エース!! 俺っちを使え!!」 うっかり才人のほうを呼びそうになりながらも、エースの真上でくるくる回転しながらデルフは叫んだ。 頭上から聞こえてきたその声に、エースは星人の攻撃をかわして天高くジャンプ、4万5千トンの 巨体が羽根のように軽々と宙に舞い上がっていく。 「シュワッ!!」 空中でデルフリンガーをつまみあげ、天頂で一回転するとエースは、あのホタルンガとの戦いのときの ように、落下しながらデルフリンガーを振りかざし、ウルトラ念力を込めた。すると、エースの手の中で デルフリンガーがぐんぐん巨大になっていく。 『物質巨大化能力』 たちまちデルフリンガーは全長60メイルもの巨大な剣に変化、高度300メイルから、エースは月を 背にして渾身の力でデルフリンガーをテロリスト星人に向かって振り下した!! 「イャァァ!!」 「おのれぇぇぇっ!!」 テロリスト星人も渾身の怒りと憎悪を込めて、テロリストソードを落下してくるエースに向かって振り上げる。 瞬間、エースとテロリスト星人の剣が交差、その激突で生じた白い閃光が、見ていた者の目を焼いた。 それは、時間にすればほんの1秒にも満たなかったのかもしれないが、そんな瞬き一回分程度の時間の うちに、戦いの決着はついていた。 眼を開いて見たとき、エースはデルフリンガーを振り下ろした姿勢のまま、星人はテロリストソードを振り上げたまま、 まるで石像のように膠着した姿でそこにいた。 「ど、どっちが勝ったの?」 見届けられなかった両者の激突の結末を、誰もが息を呑んで待った。 エースか、それともテロリスト星人か。 その結果は、星人のテロリストソードがひび割れて、中央からへし折れたことで明確となった。 「こ、こんなはずでは……」 そのとき、テロリスト星人の頭頂部から股下にまで、すうっと赤い線が走り、そして、その線に沿って、 星人は鉈を突き立てられた薪のように、その体を左右に真っ二つに分断されて崩れ落ちた。 「ぐぁぁぁっ!!」 そのわずかな断末魔を残し、これまで数多くの罪なき人々を切り裂いてきたテロリスト星人は、自分が やってきたのとまったく同じ方法で、彼らの恨みの念の渦巻く闇の底へと落ちていった。 「やったぁ!!」 ウルトラマンAの勝利に、このときばかりは誰もが身分もつつしみも忘れて歓声をあげた。 地面の上ではキュルケがタバサを抱いて踊っている。 空の上では、シルフィードがきゅいきゅい楽しそうに笑いながら、エースの周りを飛んでいる。 その背で、アイはミラクル星人にうれしそうに言った。 「おじさん、ウルトラマンが、エースが勝ったよ」 「ああ、おじさんももう大丈夫だ。これもアイちゃん、君のおかげだ、ありがとう」 ミラクル星人の傷は、もう安心のようだ。自分のした手当てが適切だったとわかって、ロングビルも ようやく息をついた。 「やれやれ、亜人の手当てなんて初めてだから緊張したよ。けど、親子か……やっぱ、いいもんだな」 エースはテロリスト星人が完全に絶命したのを確認すると、デルフリンガーへのウルトラ念力を解いた。 「ジュワッ」 縮小し、元の大きさに戻ったデルフをキュルケ達が回収する。 「さすが伝説の剣ね。なかなかやるじゃない」 「はっはっはっ、大きくなるっていうのも悪くねえ。なんかくせになりそうだぜこりゃ!」 すっかりエースに使われるのが気に入ってしまったデルフは、カラカラとつばを鳴らしながら笑った。 そして、エースは最後にミラクル星人の無事を見届けると、夜空を目指して飛び立った。 「ショワッチ!!」 「エース、ありがとう! ありがとう!」 まるで月に向かって飛んでいくようなエースの姿に、アイのお礼の言葉が確かに追いついていっていた。 やがて、変身を解除した才人とルイズはキュルケ達と合流し、シルフィードに乗って、ミラクル星人の 宇宙船の埋めてある川原へと降り立った。 けれども、そこでは当然、ミラクル星人とアイとの最後の別れが待っていた。 「もうここで大丈夫です。皆さん、本当にお世話になりました。なんとお礼を言ってよいやら、このご恩は 生涯忘れません。そして、星で待つ仲間達に、ここにはこんなにすばらしい人達がいるんだということを 伝えて、私の得た知識と資料で、私の故郷もハルケギニアに負けないくらい美しくしたいと思います」 「いや、そういわれると……」 そういうふうに礼を言われると、面映くて才人もルイズも思わず頭をかいて照れてしまった。 「でも、大丈夫ですか、またヤプールに狙われたとしたら、もう俺達では助けようがありませんが」 「心配いりません。飛び上がってしまえば、あとは超空間飛行でミラクル星まで一直線です。そうしたら、 もうヤプールも手出しはできません」 彼はそう言うと、川原の一角に向かって手を向けた。 すると、足元から突き上げるような振動が伝わってきたかと思うと、川原の砂利が持ち上がっていき、 そこから光り輝く全長30メイルほどの円盤が現れた。 「これが、あなたの船?」 「……!」 「ど、どういう原理、これ? 風石を使っているようには見えないけど」 キュルケもタバサもロングビルも、初めて見る宇宙船の姿に圧倒されていた。 才人は、そんな彼女達の様子に、ちょっとだけ笑ってみたが、すぐに真顔に戻って、後ろで決心がつかずに うつむいているアイの背中を押して前に出した。 アイとミラクル星人の間にわずかな沈黙が流れたが、やがてミラクル星人はアイの目線にかがんで、 優しく、そして寂しそうに話しかけた。 「アイちゃん、本当のお別れだ」 「……どうしても行くの?」 「ああ、これはおじさんにとって、星の未来がかかった大事な使命なんだ。たぶん、もう二度と会えないだろう」 そう言われて、これまで必死に押さえ込んできたのだろう、涙がぽろぽろとアイの目からこぼれおちた。 「やだ、そんなのやだ。だったらアイも、アイもおじさんの国に連れてって!」 しかし、ミラクル星人はゆっくりと首を横に振った。 「それはできない。いいかい、人にはそれぞれ生きるべき場所というものがある。君はこの星で生まれた この星の住人だ。それに、私の星は君が生きていくにはあわないところもある」 「いや、もうひとりぼっちにはなりたくない!」 「アイちゃん、それは違う。目を開いてまわりを見渡してみなさい。君はもう、昨日までの君が持っていなかった すばらしいものを、すでに持っているじゃないか」 彼はそう言って、アイの涙を拭き、優しくふたりを見守っていたルイズ達を指し示してみせた。 「もう君はひとりじゃない、君のために、君を大切に思ってくれる友達が、もうこんなにいるじゃないか」 「……とも、だち?」 アイは恐る恐る才人達に向かって、その言葉を口にした。 「ああ、いっしょに遊んだ仲じゃないか、これが友達でなくてなんなんだ、なあルイズ?」 「ふん! 平民が貴族に向かって、お友達? そんなおこがまし……で、でも、どうしてもっていうなら、その、 なってあげてもいいかな……」 「なあーにぶつくさ言ってるのよ、仲良くなったらそれで友達、ほかにいるもの何かあるの? 自慢じゃないけど この微熱のキュルケ、国では平民に混ざってガキ大将になったこともあったわね。あのときはお父様に めちゃくちゃ叱られたっけ。よく見たらあなた、なかなか素材がいいわね、レディの手ほどき、わたしが してあげてもよくってよ」 「……教育上よくない」 「……私は……なによあなた達その目は? こう見えても私は子供好きなほうなのよ、信じてないわね、この!」 アイは、ようやく自分が願っても手に入らなかったかけがえの無いものを得ていたことに気がついた。 「お姉ちゃんたち……ありがとう」 「そう、生きている限り、ずっとひとりぼっちなんてことは決してない。それに、君はおじさんのために必死に なって彼らを連れてきてくれた。その勇気がある限り、君は誰にも負けはしない。でも、どうしても寂しくて 我慢できないときには、そのビー玉を見てごらん、少しの間、思い出の世界に連れて行ってくれる。そして、 いつの日かそのビー玉も必要なくなったとき、君は大人になるんだ。わかってくれるね?」 「うん!」 アイは決意を込めた目で、強くうなづいた。 そして最後に、彼は才人達に向かって深々と頭を下げた。 「この子を、頼みます」 「わかりました。道中、お気をつけて」 ミラクル星人は、アイをロングビルに預けて、ゆっくりと円盤から下りてきた光の中へと入っていった。 すると、その姿が円盤に吸い込まれていくように、しだいにぼんやりとなり、透けて消えていき始めた。 まるで蜃気楼のように消え行く中、ミラクル星人は右手を軽く上げてアイに最後の別れを告げた。 「さようなら、アイちゃん」 ミラクル星人の姿がどんどん透明になっていく。 アイは、くちびるをかみ締めてそれを見つめていたが、最後の瞬間、のどが張り裂けそうなくらい大きな声で、 ため込んできた思いを吐き出した。 「おとうさーん!!」 そのとき、消え行くミラクル星人の姿が一瞬ぶれ、姿が消える瞬間、彼の瞳に、アイの流したものと 同じものが光るのを、才人達は確かに見た。 そして、ミラクル星人を乗せた円盤は、静かに宙に浮き上がると、高度50メイル近辺で停止し、数回 点滅したかと思うと、一瞬で空のかなたへと飛び去っていった。 後には、空に輝く双月と、幾億もの星が、何事も無かったかのように輝き続けていた。 「行ってしまったな」 しばし呆然と見送っていた才人達は、まるで夢を見ていたようにつぶやいた。 「無事にふるさとに着ければいいわね」 「きっと大丈夫よ、さあ私達も帰りましょうか。そろそろシエスタも戻っているころでしょうし」 気を取り直したキュルケとロングビルも、軽く息を吐いた。 だが、アイの顔を見ていたルイズが、根本的で深刻な問題を口にした。 「ちょっと待って、その前にこの子はどうするの? あそこに戻す訳にはいかないし、もちろんわたしも 協力は惜しまないけど、学生の身の上じゃあ……」 確かに、金銭的には子供の一人くらい問題ないが、経験、時間的には難しい。現実的に考えれば、 また引き取り先を探すか、修道院にでも預けるのが妥当に思えるが、ミラクル星人との約束は、アイの 将来も含めて任せるということと意識していたから、自分達で見て本当に安心できる場所と人間に 預けたいと思ったので、当分は自分達で面倒を見なくてはならないだろう。 「この子は、私がしばらく預かるわ」 「え? ロングビルさん」 思わぬところからの助け舟に、ルイズ達は正直びっくりした。 「こういうことには、少なくともあなた達より経験があるわ。そんな顔しなくても、知り合いに信頼できる 人がいるから、夏季休校で暇ができたらそこに連れて行くわ」 「本当でしょうね。あんたの知り合いって……」 その先は言わなかったが、元盗賊であるロングビルの言葉に信用がないのは明白であった。 ロングビルは苦笑したが、無くした信用は誠意を持って取り返すしかないことも知っている彼女は、 怒らずに、あくまで穏やかに話を続けた。 「心配しなくても、いい子よ、私よりずっとね。私がトリステインでなにをしていたのかも、その子は 知らないわ。いえ、私が知らせなかったんだけど、なんならあなた達も来てみる? あなた達なら 信用できるから、会わせてもいいわよ」 彼女はそのあとに、ルイズ達には聞こえないようにぽつりと「それに、そろそろあの子にも外の 人間と触れ合わせたほうがいいしね」とつぶやいた。 ルイズ達は顔を見合わせたが、疑うも、信ずるも、結局は人の心にかかっている。 裏切られて、それで人を信じなくなるか、もう一度信じることに懸けてみるのか、目を合わせて 考えて、彼女達はその答えを出した。 「わかったわ、そういえばあんたがやってたことも、何やら訳有りだったみたいだし……私はあんたを 信じる」 ルイズがそう言うと、残りの3人もうなづいた。 「じゃあ、あなたの身柄はしばらくわたし達がトリステイン魔法学院で預かるわ。貴族ばっかりの ところだから不自由させるかもしれないけど、少しの間我慢してね」 「うん!」 元気に答えるアイを、強い子だとルイズは思った。思い出してみれば、自分も小さいころ母親に 叱られて悲しくなったとき、いつも優しい姉に慰めてもらっていたなと、自然と表情が優しくなっていた。 ただキュルケは、あの頑固だったルイズがなぜこんな心の広さを見せたのか、どうも不思議で しょうがなかったが。 やがて、彼女達の答えを聞いたロングビルは、一度大きく頭を下げて、その後アイを抱き上げて笑った。 「じゃあ帰りましょうか、魔法学院へ。明日はようやく来たフリッグの舞踏会、みんな揃って楽しみなさい!」 「おおーっ!!」 明るい叫び声と笑い声が、暗い森の闇をも照らして、空高く響き渡った。 しかし、この事件にはもうひとつ、記しておかねばならない戦いがあった。 時系列を少し巻き戻し、才人達がミラクル星人のもとにたどり着いたのとほぼ同じころ、シエスタも王宮、 直接は入れないから非常用の受付のところに駆け込んでいた。 対応した兵士は、こんな夜中に平民がひとりと追い返そうと思ったが、銃士隊隊長アニエスの名前と、 王国筆頭貴族であるヴァリエールの名を出されて、半信半疑ながらもアニエスの下へ報告に行った。 「なに、ヒラガ・サイト、本当にそう言ったのだな……よし、会おう」 アニエスは深夜の訪問に驚いたが、同時にただごとではないとも勘ぐり、副長ミシェルも連れて シエスタと会い、緊張して固くなっている彼女から事情を聞かされてうなづいた。 「事情はわかった。ミシェル、イース街のジョンソン商会といえば」 「はい、以前から脱税の疑いがありましたが、証拠がなく放置されてきたところです。しかしまさか 人身売買とは……」 「被害者がいる以上、認めるべきだ。それに、あそこは善意の看板の影に隠れて怪しげな外国人の 出入りもしばしば聞く。密告があったのなら都合がいい、この期に害虫どもを一気に駆除してくれる!」 アニエスは剣を鳴らし、全員出撃の命令を下した。 「た、隊長、お待ちください。街の治安維持は衛士隊の任務、我らが出て行っては越権行為になりますが」 「その衛士隊が欲に汚染されているからこんなことが起きたのだろう。だが、一応筋は通す必要があるな、 私は枢機卿に許可を得てくる。その間に出動準備を整えておけ」 「はっ!」 ミシェルは全員を集めるために部屋を駆け出していき、アニエスも腰に剣を挿して、シエスタに礼を言った。 「よく知らせてくれたな。これでトリステインの毒虫どもの巣をひとつつぶせそうだ」 「あ、は、はい! ありがとうございます!」 いまや平民達の間では英雄視されているアニエスと話して、緊張してガチガチになっているシエスタは 震えながらなんとか答え、それを見てアニエスは軽く笑った。 「そうびびるな。私も君と別に変わりはしないさ。それに、サイトとミス・ヴァリエールには借りもある。あいつらの ためにも、トリスタニアの害虫は叩き潰さねばな」 「はい、がんばってください!!」 あたふたと言うシエスタの肩をぽんと叩くと、アニエスはその部屋を出て行った。 後に残されたシエスタは、役目を果たしたという達成感よりも、「あの銃士隊の隊長に認められているサイトさんって やっぱりすごい」、などとややずれた感想を抱いていた。 だが、一度動き出した銃士隊の行動は、電光石火のごとくすばやかった。 アニエスがマザリーニ枢機卿に特別行動の許可を得ると、すぐに城を出撃し、音もなく目的の商家を包囲した。 そこは、外国からの物品の輸出入を取り扱っているという看板で、日本でいえばスーパーマーケットのような 店構えを持つ2階建ての建物であったが、よく見ると窓にはすべて頑丈そうな格子がついていて、ものものしい 雰囲気を放っていた。 それで確信を得たアニエスは、包囲網完成とともに自らが先頭となって一気に斬りこんだ。 「王宮警護団銃士隊である!! この屋敷で不法な商品を扱っていると密告があったことにより、これより強制捜索を おこなう!!」 たちまち店内になだれ込んだ隊員達が、止める店員を押しのけて証拠物件を探そうとする。 むろん、表向きに並べてあるものは合法的なものだけだろうが、蛇の道は蛇という、銃士隊はそういうものを 探索する術に長けており、やがて戸棚の隠し扉や二重の壷の底などから次々違法な薬物が見つかった。 だが、この程度のものなら裏に手を回せばさして問題なく手に入る程度のもの、本当に見つけるべきものは 他にある。 「地下室があるはずだ、探せ。それから店主を拘束しておけ」 シエスタから聞いた情報により、奴隷を秘密の地下室に拘束してあることを聞いていたアニエスは、店の床を 重点的に調べさせた。 そして、遂に厨房の床に、カモフラージュされた地下への扉を見つけた。 しかし、いざ突入してみると、そこには確かにいくつもの牢があったが、奴隷どころか人影などひとつもなかったのである。 「これは、どういうことだ?」 さしものアニエスも予想外の出来事に唖然としたが、隊員のひとりが持ってきた報告によって理由を悟った。 「隊長、店主の姿が見当たりません」 「なに、逃げたのか?」 「いえ、この包囲網は突破できるはずもありません。店員に問いただしましたところ、我々が突入する寸前に、 なにやら慌てた様子で地下に駆け込んでいったとのことです」 「ちっ! 感ずいて奴隷を連れて秘密通路を使って逃げたな。探せ、このどこかに入り口があるはずだ!」 ここまできて逃がしてたまるか、アニエスは焦りを抑えながら、自らも地下牢の壁や床を探し回った。 そのころ、間一髪銃士隊の攻撃から逃れた店主は、持てるだけの現金と、奴隷の子供達を鎖で引きずりながら、 地下通路を必死で逃げ延びようとしていた。 「おのれ銃士隊め、正義感ぶっていらぬことにまで首を突っ込んできおって。こうなったらこの商品だけでも 守らねば。街外れには、ガリアのギルモアの手下が待っているはず、そいつらにまとめて売り飛ばしてさっさと 高飛びだ」 店主は、子供達が泣き喚こうと転ぼうとかまわずに引きずっていく。その目には人間らしい哀れみなど ひとかけらもなかった。 だが、彼の行く地下通路の先から、黒いローブで身を隠した人影が現れて、店主の前に立ちふさがった。 「だ、だれだお前は?」 店主は警戒して、たいまつの明かりをそいつに向けると、その人物はローブをまくって顔を見せた。 「あ、あなた様でいらっしゃいましたか! 失礼いたしました」 いきなり卑屈な態度になった店主は、頭をぺこぺこと下げながら、その人物に弁解の言葉を述べた。 「申し訳ありません。これまでひいきにしていただいたというのに台無しにしてしまいまして、トリステインの 子供は奴隷や妖魔と取引するための生け贄として高く売れますから、反省しております」 「私は、知らなかったが?」 そこで、黒ローブの人物は短く言った。重く、突き刺すような口調だった。 「秘密厳守でございます。敵をあざむくにはまず味方から、とも申しますな。ですが、あなた様が銃士隊の 出動を知らせてくれましたので、ギリギリ逃げ出すことができました。この後は、ガリアに逃げ延びて再起を 計り、よりいっそうの利益をもたらす所存ですので、どうかあのお方にもよろしくお伝えください」 「その元手が、それというわけか?」 「はい、ガリアの知人に売り渡し、それで向こうで商売を起こします……ええいうるさいぞ、泣くな!!」 店主は泣き叫ぶひとりの子供の顔を張り飛ばした。骨と皮ばかりにやせ衰えて、体中傷だらけになった 子供の体は簡単に飛ばされて床に投げ出された。 「さあ、ここはもうあぶのうございます。この通路もいつ奴等に見つかるか、急いで脱出いたしましょう」 「いや、お前はここまでだ」 黒ローブの人物は、そう言うと懐からすばやく杖を取り出して店主に向け、店主が「なにを!?」という間もなく、 杖の先から強烈な魔法の光がほとばしり、店主と子供達の目を焼いた。 「うわぁっ! 目が、目が、うぐっ!?」 暗闇の中で、突然胸に走った痛みに、店主がおそるおそる胸に手を当ててみると、そこには自分の心臓に 深々と突き刺さった冷たい剣の感触があった。 「な、なぜ……ぐぶっ!」 剣が引き抜かれ、急速に力を失っていく体が固い床の上に崩れ落ちたとき、店主の魂は悪人にとっての 唯一の楽園、地獄と呼ばれる異世界に向かって旅立った。 「私は悪党だが、悪魔の手助けをするつもりはない」 黒ローブの人物は、そう言うと店主の死体に『発火』で火をつけた。 子供達は、さっきの光でまだ視力が戻っていなかったが、炎の暑さに自然に元来たほうへと下がっていった。 それから数十分後、ようやく地下通路の入り口を見つけた銃士隊員達によって子供達が保護されたとき、 黒ローブの人物はすでに影も形もなくなっていた。 「隊長、子供達は無事保護、店内にいた店員も全員捕縛しました」 制圧を完了し、犯人達を連行していく姿を見ながらアニエスは部下から報告を受けていた。 「ご苦労、しかし主犯の店主を捕らえられなかったのは残念だ、いろいろとしぼりだせると思ったのだが」 「報告によりますと、逃走通路の先に黒こげの死体となって発見されたそうです。目撃していた子供達の言に よれば黒いローブの人物だそうですが、メイジということ以外わかりません」 「口封じか……」 店主を捕らえられなかったことで、画竜点睛を欠いたという感じをぬぐいきれなかった。店員のほとんどは 捕縛したが、どいつも店主に言われて動いていただけのチンピラで、どこの誰と取引していたのかなど重要な 情報は持っていそうになかった。 「ところで子供達の目は大丈夫なのか?」 「衛生班の診る所によると、一時的なもので、あと小一時間もすれば全員見えるようになるそうです。目くらましを して一突きとはずいぶんえぐいことをします。ですが、子供達にとっては見えなかったことがよかったのかも しれません。人の死ぬ光景というのは、子供にとって大変なトラウマになるものですから」 「そうだな。しかし、目撃者のはずの子供達をそのままにしていったのは解せんな。それに……いや、 ご苦労だったな。任務に戻れ」 「はっ!」 その隊員を見送ると、アニエスは今口に出さなかったことを考えた。 なぜ店主は銃士隊が出動したのを事前に知ることができたのか、そして店主を殺害した刺客はどうやって この店に異変が起きたことをかぎつけたのか、用心深いだけでは説明できない迅速さに不可解さを禁じえなかった。 (あと考えられる可能性があるとしたら……ずっと共に戦ってきた者たちばかり、信じたくはないが) そこまで考えたとき、包囲部隊の指揮に当たっていたミシェルが駆け寄ってきた。 「隊長、逃走を計っていた店員2名を捕縛、これで全員の逮捕が完了しました」 「ご苦労、包囲網を解体し、全員を連行しろ。それから、子供達はいい医者のところに連れて行ってやれ、 経費は私の給金からさっぴいてかまわん」 「隊長……了解いたしました。ですが、それでしたら私も半分お持ちします! 任せてください」 ミシェルはアニエスの言葉に感動したのか、堅物そうな顔にほんのわずかだが笑みを浮かべて駆けていった。 アニエスはそんな信頼する副長の後姿を、ただ黙って見送っていたが、そこに店の捜索をおこなっていた 隊員が一冊の冊子本を持ってやってきた。 「隊長、店主の部屋を捜索していたらこんなものが……」 アニエスは、その冊子のページをペラペラとめくってみて驚いた。 「これは、裏金、賄賂を流した役人の名簿じゃないか、金額も丁寧に書き込んである。衛士隊西隊の隊長から 徴税官のチュレンヌまで……」 「はい、奴め相当焦っていたと思われまして、めちゃくちゃに散乱した物の中に、これが置き忘れられておりました」 そこには、トリステインの名だたる貴族の名前がずらずらとすき間もなく書き込まれていた。 アニエスは、勤めて冷静にそのページをめくっていったが、最後のページに、他の貴族のおよそ3倍もの量の 賄賂を、毎月にわたって受けていたある名門貴族の名前を見つけて、一瞬だがその顔を憤怒に歪ませた。 「……やはり、貴様もだったか……リッシュモン!」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9082.html
前ページトリスタニア連続殺人事件 ルイズ「私があなたを召喚したルイズです。『ミス・ヴァリエール』と呼んでください。 ここが事件のあったトリスタニアです。どういう風に捜査を始めますか?」 →ひと しらべろ ルイズ「誰を調べますか?」 →ミス・ヴァリエール ルイズ「私の何を調べますか?」 →おっぱい ルイズ「やめてください」 →ひとにきけ ルイズ「では、この辺りの人に聞き込みをしてみます。 ヤス! わた……『ルイズちゃんは最高!』だそうです」 ヤス「他に情報は無かったのか?」 ルイズ「ありませんでした」 ヤス「自演乙」 →なにか みせろ ルイズ「何を見せますか?」 →ぱんつ ルイズ「いつも見せてあげてるじゃないですか、エッチ」 ヤス「それもそうだな、グヘヘ」 →たいほ しろ ルイズ「あなたが逮捕されるべきでしょう」 ヤス「何で俺が逮捕されなきゃいけないんだ」 ルイズ「毎晩私にあんな事をしているくせに?」 ヤス「合意の上だろう」 ルイズ「駄目だこいつ。早く何とかしないと」 →よべ ルイズ「誰を呼びますか?」 →ミス・ロングビル ルイズ「なぜミス・ロングビルを呼ぶのですか?」 ヤス「もちろん太腿をすりすりするためだ」 ルイズ「ファック・ユー。ぶち殺すぞ、ゴミめ」 →ばしょいどう ルイズ「どこに行きますか?」 →ラブホテル ルイズ「まだ昼間ですよ」 →まほうがくいん ルイズ「では、魔法学院に向かいます」 ルイズ「魔法学院会議室です」 →ひと さがせ ルイズ「会議室には誰もいないようです」 ヤス「それじゃ会議室プレイをしようか」 ルイズ「君は本当に馬鹿だな」 →ひと しらべろ ルイズ「誰を調べますか?」 →ミス・ヴァリエール ルイズ「どうしますか?」 →なにか とれ ルイズ「何を取りますか?」 →ふく ルイズ「私が脱いだら、このSSが削除されますよ」 ヤス「それは困る」 ルイズ「期待してた奴ぷぎゃー」 →すいり しろ ルイズ「何を推理すればいいのかわかりません」 ヤス「事件についてだよ! 事件!」 ルイズ「事件って何ですか?」 ヤス「連続殺人事件だろ?」 ルイズ「そんなものは起きていませんが」 ヤス「え?」 ルイズ「それよりももっと重大な事件が起きているのです」 ヤス「何だそれは」 ルイズ「子供ができました。私とあなたの子です。責任取ってください」 ヤス「な、何だってー。そんな馬鹿な、避妊はしたはず」 ルイズ「タス、まだわからないのですか。ゴムに穴を開けておいたのです。見事な危険日中出しでした」 ヤス「オーノー。ていうか、殺人事件じゃなかったのか」 ルイズ「いいですか。よく考えてください。恐ろしい連続殺人事件よりも、新しい命が誕生する事。その方がとても素晴らしい事件じゃないですか」 ヤス「でもタイトルには『連続殺人事件』って」 ルイズ「すまん、ありゃ嘘だった」 ヤス「な、何だってー」 ルイズ「あっ、陣痛が!」 ヤス「えっ、もう!?」 ルイズ「ひぎいっ、陣痛イイ!」 ヤス「何てこった、事件は現場じゃなく会議室で起きてるんだ!!」 ルイズ「早くー、救急馬車ー」 →でんわ かけろ ルイズ「お前がかけろよ」 ヤス「サーセン」 ルイズ「ひっひっふー、ひっひっふー……あー、頭出てきたー」 才人『はい、平賀です』 ヤス「あっ、間違えました」 ルイズ「馬鹿野郎」 こうしてルイズは元気な双子を産みました。 ヤスとルイズはメディアに大きく取り上げられ、2人はめでたく結婚しましたとさ。 めでたしめでたし。 トリスタニア連続出産事件 終わり ルイズ「な……、何ですか、このゲーム……」 ロングビル「もちろん、この魔法学院を舞台にしたゲームですよ?」 ルイズ「いや、これはいくら何でも……」 キュルケ「ま、そういう反応が自然よね……」 ロングビル「何よー。退屈してる生徒を楽しませようと思ったのに。結構苦労したのよ、これ」 キュルケ(あなたは口出すだけで、作ったのは私でしょうが……) ルイズ「でもこれは酷いですよ……。何か出産しちゃってるし。『陣痛イイ!!』とか訳がわかりませんよー」 ロングビル「陣痛はイイッ!! のよ。私は知ってるわ」 キュルケ(そりゃエロ小説の中の知識でしょうが……) ロングビル「はあ……、こんな事がまかり通るのもこの学院が暇なせいよね……」 キュルケ(暇なのはあんただけよ……) ルイズ「やっぱりきちんとした教師がいないと……」 キュルケ「そうよねー。この学院にも早く教師が来るといいわねー」 ロングビル「まったくオールド・オスマンも何をしてるやら……」 キュルケ「あら? そういえばオールド・オスマンは?」 ルイズ「オールド・オスマンなら今日は早く帰ったみたいですよ。今日は大事な日なんだそうです」 キュルケ「大事な日?」 ロングビル「ああ……、そうか。以前オールド・オスマンが言ってたわね……」 ルイズ「知ってるんですか? 教えてくださいよー」 ロングビル「駄目。これはオールド・オスマンの大事な思い出に関わる事だから……」 ?「……お世話になりました」 守衛に挨拶をし、牢獄を後にする。 僕は今日釈放となった。 そして懐かしい人が目の前にいる。 オスマン「『ラ・ロシェール港の見えるこの場所で会おう』。そういう約束じゃったね。出所おめでとう」 ?「……オールド……オスマン……」 オスマン「ふふ……、久しぶりに会ったんじゃ。昔のように呼んでくれないか。なあ……、そうじゃろう、ヤス?」 ヤス「……もう一度……、呼ばせてもらえるのですか? ……ボス……」 オスマン「もちろんじゃとも」 ヤス「ボス……、僕は……ううっ……! ボス……!」 オスマン「おいおいヤス、何を泣き出してるんじゃ? ……さあ、行こう。ミス・アニエスも君を待っているぞ」 ヤス「……はい! ボス!!」 トリスタニア連続殺人事件 原作 ヤマグチノボル 開発 ちゅんそふと 製作 えにっく ヤス「ボスもせっかちですね。そんな性格だと女の子に嫌われますよ」 ヤス「かなり古い建物です。何でも昔外人が建てた物を買い取って改築したとか……」 ヤス「ボス、ここはラグドリアン湖じゃありませんよ」 ヤス「僕に脱げと言うのですか? ボスはまさか……」 ヤス「わ、わかりました……」 ヤス「ボス、見事な捜査でした。僕がアニエスに召喚された文江の兄です。妹達を死に追い込んだ、あの2人を許せなかったのです」 アニエス「その後は私が話します」 ヤス「アニエス! お前は逃げろって!」 アニエス「ヤスは黙ってて!」 ヤス「これで全ておしまいです。でも皮肉なもんですね、殺してからコルベールが後悔してた事がわかるなんて……」 ヤス「僕があなたの使い魔の真野康彦です。『ヤス』と呼んでください」 オスマン「……おお、そうじゃ、ヤス」 ヤス「何ですか、ボス?」 オスマン「君の勤め先を用意しておいたよ。メイジに魔法を教える学院なんじゃがね……」 前ページトリスタニア連続殺人事件
https://w.atwiki.jp/gods/pages/58564.html
デーラボーシ ダイダラボッチの別名。 長野県での呼称。
https://w.atwiki.jp/roleplay2/pages/277.html
白雷のグラニエス 関連事項 事象龍
https://w.atwiki.jp/sankaiou/pages/2.html
基本情報 トップページ FAQ 豆知識・小ネタ バグ・パッチ情報 体験版情報 掲示板 質問掲示板 雑談掲示板 wiki編集掲示板 バグ報告掲示板 攻略情報 シナリオ攻略共通 アリツ ソーニャ アニエス ラファエラ アルヴィド ボルハ 策略 船強化 ルェアイの商船 マップ アペンド詳細 周回 CG鑑賞 シーン回想 部隊 アクセス数 本日: - 昨日: - 合計: - wiki最終更新時間 0000-00-00 00 00 00 更新履歴 取得中です。 「メニュー」を編集
https://w.atwiki.jp/ggmatome/pages/1454.html
Wiki統合に伴い、ページがカタログに移転しました。
https://w.atwiki.jp/selfishing/pages/36.html
ふりふりパレオ付きビキニ ピンク サバ×4マダイ×5オイカワ(オス)×6
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3287.html
686 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 41 06 ID IdV3bW49 「各地の『王の森』はその名のまま、王が狩りをするための猟場でな。 鹿やイノシシが外に出て民衆の畑を荒らさぬよう、かつてのアルビオン王家が魔法で固定化した柵で広く森をかこった。 その柵を利用されて俺たちはウォルター、おまえら言うところのクリザリング卿に封鎖されてるわけだ。とはいえ、出ていこうと思えば出来なくはないが。 ほどこされた封鎖強化はむしろ、外の者が入らないようにするためだな」 案内された木造の小屋、粗末な台所。 才人とアンリエッタは丸太の長椅子に隣りあって座っている。 マーク・レンデルは二人に湯気の立つカップを渡しながら語った。 「現に、多くの領民は耐えきれず他所に逃げていった。無理はないのさ、ウォルターはときおり怪物を森にはなっている。 見なかったか? 女の顔にライオンの体の怪物だ。殺されたものは多い」 「……なんであんたらは逃げてないんだ?」 刻んだショウガを放りこんだ湯をすすりながら、才人はたずねた。 「なんでだろうな……まあ、くだらん意地やあれこれさ」 マーク・レンデルは二人のまえに椅子をひいて座り、自分もショウガ湯をすすりはじめた。額にしわを刻んで、沈鬱な表情。 四十は越していると見えたこの男が、意外にまだ若いことに才人は気づいた。 森の過酷な生活が、実年齢以上に風貌を老けて見せているのだろう。 「俺は親父の後をついだ森番だった。森林監督官の下に森番がいる。俺たちの家は先祖代々主君と家臣のようなもので、ウォルターの馬鹿は俺には『若様』だった。 ここの森番は、平民ゆえ形としては公務員ではなく、王領の領民で森林監督官に『自発的に協力』する者らだ。給料は謝礼という名目で出ていた」 そこで一度言葉をきり、いまいましげに無法者は顔をゆがめた。 「あれは子供のころから頭がよく、同時に過敏で気の弱い男だった。いまの『あれ』は、かつてのウォルターとはもはや別物だ。 あれがおかしくなったのは数年前、あの塔に頻繁にこもるようになってからだ。 〈永久薬〉には狂気が宿る、という言い伝えはここらのだれでも知っていたのに。入ろうとしたとき、すでに変貌していたのかもしれんが」 「ちょっと待った」 うん? と首をかしげた男に、才人は問いただした。 「あの塔の中になにがあるのか知ってるんだな?」 687 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 41 36 ID IdV3bW49 「〈永久薬〉の処方箋があると聞く。『塔のメイジ』が書きのこしたやつが。 たぶん、ウォルターはそれ以前に塔に踏みこんだことのあるクリザリング家の先祖たちと同じく、永久薬を作ろうとしたのだろう。 そして作ることに成功したのだと思う。ウォルターが使い魔のように使役するあの魔法人形は、俺たちが矢を何本突きたてても倒れなかった。 伝説では、永久薬の効果は、『物質の属性、効力を無限に引きのばす』ことだという」 はおらされた才人のマントにくるまっているアンリエッタが、はっと何かに気づいた態で頭を起こした。 クリザリング邸の晩餐で、彼女はほれ薬の一種をのまされたようなのである。 解毒薬を館で一回、効き目が薄れたためさきほどもう一回服用したのだが、様子はいまなお熱っぽい。 あせった様子で、女王は森の無法者に確認した。 「無限に?」 「ああ、いろいろな言い伝えがあるな。 『あの塔を守っているのは、永久薬によって長い年月を動きつづけている魔法人形の一群』。 『錬金の魔法をこめた杖が、とどまることなく触れるものを金に変えた』話。 『塔の最上階で生きつづけているメイジ』。 『永久薬をつかった眠り薬をのまされた姫君が、起きられなくなった』話」 才人とアンリエッタは、一度顔を見合わせた。才人が食い下がる。 「最後の話を詳しく!」 「そういえばそこの娘さんの事情と関係ありそうな話だな。 いや、単に、恋敵に眠り薬をのまされた貴族の姫君が、ほうっておくと昏々と眠りつづけるようになったというだけの話だ。 解毒薬を口から流しこむと少しの間起きていたそうだがね。ひんぱんに解毒しないとすぐ眠くなるので、一日の四分の三を眠ったまま一生を終えたという。 その眠り薬が、この塔で作られた永久薬の効果をおよぼされていたということだ」 アンリエッタが薄赤くなっていた顔色を、怯えで白にもどしている。 「一生? 解毒薬が、効かない?」 「うむ……詳しいことは知らんが、解毒薬がまったく効かないわけじゃないだろう。この眠り姫の話にしても、短い時間ながら中和していることだし。 毒の効果が切れないので、時間がたてば解毒薬が負けてしまうのだろうさ」 素人考えだがね、と率直に述べるマーク・レンデルだったが、アンリエッタはカップを持ったまま呆然とつぶやいた。 「いえ、もしそれだとするとこの状況の説明がつきます……王宮の薬剤師が、調合を失敗するはずがないのです」 688 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 42 18 ID IdV3bW49 「ん? どこの薬剤師って?」 「あ、あー、ところで、それならやっぱり塔の中を調べる必要があると思うんだけど。 行ってみるわけにはいかねえかな」 注意をそらすべく、内心焦りながらも提案した才人に、マーク・レンデルはすげなく首をふった。 「やめとけ、塔に踏みこめるのはウォルターだけだ。クリザリング家の血を引くものしか入れない。 どんな原理か、先代やウォルターが手を塔の扉にかざすと開いた。それは俺も見ている。 伝え聞いた話によれば、アルビオン王にもそれが可能だと言われていたがね」 それを聞いて、才人はうなった。 「どのみち、やらなきゃならねえんだよ。このままはまずいんだ。だろ?」 「ええ。かならず解毒しなくては」 才人に同意をもとめられ、アンリエッタが即座に首肯する。 二人とも、今の状況がどれだけ深刻かよくわかっているのだった。余人ならぬ国のトップが、この先まともな思考もままならないというのは極めてまずい。 マーク・レンデルが、難しそうに腕をくんだ。 「……あえて試みるなら夜の間だな。日が落ちたあと、あの塔は怪物たちを吐きだす。扉もゆるんでいるかもしれない。 危険だからやめておけよ、と言っておくがね。どうしても行かなきゃならないなら、ウォルターを捕まえて塔を開かせたほうが安全だ。 ところで」 森の無法者は、好奇心のこもった目を二人に向けた。 「ウォルターの館で薬を盛られたってのは聞いたが。 お前らがどこのだれだかは、まだ聞いてないんだがね?」 「……やっぱ言わなきゃならねえか?」 「思い切りが悪いな、坊主。俺たちに害意があるなら森で射ていたぞ。お前らを保護したあげく『仲間と連絡をとりたい』という要求を聞いてやっただろ。 俺の弟分たちが今、塔に向かったという連中をさぐってる。やつらが接触したらすぐ判明することだろうが。 身がまえなくても俺たちは、たんなる農夫兼猟師の集まりのようなものだ。凶悪なことはやってないぞ」 689 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 42 48 ID IdV3bW49 「でも盗賊とだれかが言ったような」 「……大胆だな坊主。平民とはいえ自由民をつかまえて盗賊呼ばわりは無礼だぞ。 俺たちが盗賊? 封鎖されてる森の中で、誰から盗むんだよ。 王の森の獣は食ってるから、しいて罪状をいうなら密猟だな」 まあ密猟は森林法に照らせば死刑もあるくらい立派な重罪なんだがな、とこともなげに元森番は言った。 複雑な表情で黙りこんでいるのはアンリエッタである。 才人は一応、そこにも突っこんだ。 「その密猟は取り締まられなかったのか、クリザリング卿に?」 「放置されている。本来それがあいつの任務のはずなのにな。あいつはおそらく、塔のこと以外のほとんどが、もうどうでもよくなったのだ。俺たちの生死も。 ウォルターは、俺たちを追いつめようとはしていない。さもなくば、いつでも殺せたはずだ……先ほど農夫兼猟師といったとおり、俺たちは森中に畑をつくって耕作してる。そこから離れられないのだからな」 森の男はしばし言葉をきり、首をふった。 「森にのこった俺たちは、かつてのウォルターのもっとも忠実な臣下だった。俺たちは、あいつを元に戻したい。叶わぬのなら殺したい。だが、そんな力はない。 ……もし手を組むことで双方に利があるなら、そうしない法はない。だから、お前たちが何者であるか聞いておきたいのだ」 らんと獣のように強烈に輝く目で、マーク・レンデルは二人を見つめた。 才人とアンリエッタはもう一度目を見交わし、困ったようにもじもじした。しばしして、女王が問いただす。 「あの……失礼ながら、森の外のことについてはあまり情報がないようですわね」 この男たちに森の外の情報が遮断されていないなら、目の前の少女がトリステイン女王であることに思い至らないとは考えにくい。 いかに公式には「軽く視察する」程度にしか知らせていないとはいえ、トリステイン女王がアルビオンを訪れたことを全く知らないはずがないのだから。 「ああ、正直言うとな。先の革命や大戦も森のなかで知ったくらいだ。 ウォルターの君臨は政変にまったく影響されていないように見える。 アルビオン王家にウォルターが援兵を出さなかったとはいえ、レコン・キスタに王の森の管理官の地位を奪われなかったのはつくづく不思議だね」 このアルビオンの「王の森」の名目上の主権者は、二回かわっている。 アルビオン王家からレコン・キスタに、今はトリステインはじめとする連合軍が置いた代王政府に。 その二回ともウォルター・クリザリングは旗幟を鮮明にせず兵を出さず、そして深く干渉されず、実質的な領主である今の地位をたもちつづけていることになる。 むろん政治的術策の結果として、それは不可能ではないが。 (でも、難しいと思うわ……どうやって? レコン・キスタは甘い目こぼしをする組織ではなかった。 「与えるものは受け取ることができる」と枢機卿に教えられたことがあるけれど、この場合はよほど与えるものがないかぎり…… 賄賂にしても莫大な額になるわ。そんな富がクリザリング卿にあるようには見えないし) アンリエッタは茫洋としながらもそれを考えようとした。 690 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 43 22 ID IdV3bW49 才人は才人で、アニエスやルイズと合流したあとのことに思いをめぐらせている。 マーク・レンデルは二人を交互に見てから、「まあ、今すぐに話せとは言わんさ」と鷹揚にかまえてみせた。 「とりあえず斥候に出した奴らから連絡がくるまで休んだほうがいいだろう。下手に出あるいて迷うより、地元の俺たちに任せとけって。 この集落には小屋がいくつかある。半分以上は捨てられたものだから、どれでも好きに入りこんで使っていいぞ」 「……そうだな、連絡つくまでは下手に動かないほうがいいか。お言葉に甘えさせてもらうよ」 才人はショウガ湯を一気にのみほし、渡された獣脂のランプを手に立ちあがりかけた。 すると、アンリエッタも立ちあがった。 少年は固まった。そういえばそうだった。この問題があった。 ……けっきょく外に出ても、つつましい足音が才人のあとを追い、小屋の中までついてきた。 ほこりまみれの粗末な寝台しかない小屋に入ってから、冷汗をにじませて才人が振りかえると、女王は朽ちかけたドアを後ろ手に閉めていた。 姫さま? とややたじたじとなっている才人の前で、アンリエッタは白皙の面を染めて熱をたゆたわせながら、静かに口をひらいた。 「すこし、お話ししませんか……」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ マザリーニはフネの船尾近くから下を見おろした。 夜、地表をおおう木々は空からは黒い海のように見える。 信じがたいことに、ウォルター・クリザリングが動かすこの中型船三隻の艦隊は、無灯火で闇のなかを航空していた。 眼下の黒冥に視線をさまよわせながら、彼は杖をとりだして握った。 この高さならレビテーションかフライを使えば、無事に着陸できるだろう。 「なにをされるつもりかな」 いつのまにやら甲板にあがってきたらしいクリザリングの声が、風にのって背後から聞こえた。 黒衣をひるがえらせながら、マザリーニはふり向いた。 森林管理官が立っていた。そばに数名の召使がひかえている。異様に物静かな男たちだった。 「わざわざお招きいただいたのに心苦しいが、夜空の遊覧にも飽きたのでな。 降ろしてもらおうかと思っておる」 「なるほど。では好きにされるがよい」 特に興味もなさそうなクリザリングの返答に、マザリーニはやや意外そうに目をほそめた。 691 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 43 55 ID IdV3bW49 「ずいぶんと豪気だな。捕虜が逃げようとしているのだぞ」 「どのみち適当なところで放逐するつもりだった。 猊下をここまで連れてきたのは、指導層を我々の出はらった館に残しておけば、ほかの捕虜を煽動して火でもつけかねんと思っただけだ。 もっとも残すべき価値のある物もないが」 クリザリングの言葉は、マザリーニを拘束もしていないことが裏付けていた。 だがマザリーニの背筋には悪寒が走った。厄介払いするつもりだった、というのはおそらく事実だろう。しかし逃がすよりもっと手っとりばやい道は、マザリーニを殺すことだった。 この男は、どちらでもよかったのだろう。根拠はないながら、クリザリングの鬱勃としてなお透明な雰囲気に接し、マザリーニはそう直感していた。 「なにを考えているのだ、クリザリング卿。 貴殿は私には理解できぬ。わかるのは、貴殿が気違いじみているということぐらいだ」 風に劣らぬほど温度の低い声を出しながら、マザリーニはクリザリングと向き合ったまま一歩下がり、船べりに尻を乗せた。 青年は怒りも笑いもせず、突然に興味がわいたような表情でまじめに問い返した。 「気違い? それはたとえばどのような行為を指して?」 「この日の最初から最後まで、あらゆる行為をだ。 今このときに限っても、無灯火で艦隊を夜間航空させるなど、ほかにどう言いようがある? 着陸難というだけでなく、うっかり間違えば三隻のみとはいえ互いに衝突するぞ」 急速に、クリザリングは一片の熱もない醒めた様子に戻った。 「艦隊運用について猊下に心配していただく必要はない。みずから言うとおり、そろそろ降りていただこう。 彼がこれ以上とどまるなら、背骨を折って放りだせ」 クリザリングの最後の一言は、そばの召使たちに向けての命令である。 マザリーニは顔をしかめると、ゆるやかに背を倒し、船べりから後ろむきに身を空中に投げだした。 ………………………… ……………… …… 「手前はほとんどの事物に、執着するほどの価値を見いだせないだけだ。 これも諸人にとっては狂気の一種なのだろうかね、猊下」 「ウォルター・クリザリング」は船べりに立ち、マザリーニの飛び降りたあたりを見やる。 逃げたところで運が悪ければ、あの老人はすぐ死ぬ。 森にはスフィンクスを放っているし、王軍のところに逃げたのなら、これから自分が始めるつもりの戦闘に巻きこまれるだろう。 692 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 44 36 ID IdV3bW49 「どうせこの世は無常の夢、万象はさだまらず転変するだけだ」 ぶつぶつとつぶやく。 彼にとって、他者の去就は生死をふくめ、とくに考慮するほどのことではない。自分自身の末路でさえ、さほど問題にはしていないのだから。 今なおわずかなりと気にかかるのは、せいぜい女王の安否くらいである。なんといっても、ウォルター・クリザリングにとっては重要な少女だったのだから。 もの言わぬ家臣たちを向き、あごをしゃくって追い払う。 離れていくその後ろ姿を見ながら、思考をめぐらせる。 館にのこっていた女王本人は、大胆にも少人数で森に逃げたようだった。 彼女を殺すつもりはないが、捕らえておけばその配下たちをおとなしくさせられたかもしれない。 枢機卿では無理だろうが、女王とであれば王軍の者もあの少女を差しだすことに同意したかもしれないのだ。 しかしクリザリングは喜ばない、と彼は感情のない声で独白する。 「いかな種類でも『アンリエッタ姫』に危害を加えることを、そうだ、ウォルター・クリザリングは肯んじないだろう……そうとも。 では、やはりそれ以外を直接狙うか」 ラ・トゥール伯爵とはすでに激突した。あの、都市トライェクトゥムの商人貴族は手勢を引きつれて敗走した。 女王が塔に派遣した兵は、スフィンクスの魔法人形がかく乱しているだろう。 この二つの軍勢は森で合流する可能性が高い。 一方、こちらの手駒は、塔に収容していた魔法人形たちが主となる。数は、近衛隊とトライェクトゥム兵の連合の半数にも達せず、五十体ほど。 ただし巨躯が多い。 〈永久薬〉によって半永久に動きつづけ、形を徹底して破壊されないかぎり戦えるこの兵たちは、夕刻より森を驀進して館に駆けつけ、ラ・トゥール伯爵の兵をうち破る主戦力となった。 彼はその魔法人形たちを、この三隻の運搬用フネに搭載していた。重量の問題で三隻に分散させているのである。 「さて、どこまで手を出したものだろうか」 本来手をかける必要があるのは虚無の少女だけだ、と彼は続ける。 「抹消されるべきは、塔が強引に暴かれる可能性だけだ」 あの少女を殺す。ほかの有象無象は、邪魔だてする者だけ排除すればよい。 そこで、いや、と考えをひるがえす。 「否、否、考えてみれば、『虚無』の人物が重要でないわけはなく、重要人物を王軍が威信にかけて守らないわけもない……では、最初から徹底しておくか」 鏖殺するつもりでちょうど良いくらいだろう。そう、彼は結論した。 693 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 45 27 ID IdV3bW49 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 「火は効かないようだ。外の焚き火も、こちらの視界を確保するしか役に立っていない。 外では、いくつかの焚き火を背に円陣をしかせているが、あのスフィンクス、ときおり平然と姿をみせている」 塔と館をつなぐ、森に両側をはさまれた林道沿いにある小屋。 林道にはいくつもの焚き火がたかれ、兵たちが武器を手に緊張をはりつめさせている。 外の警備を副官とマンティコア隊の代表にまかせていったん離れ、小屋に入ったアニエスは仏頂面で報告した。 炉の前でマザリーニと向かいあっていたラ・トゥール伯爵が、いらいらと吐き捨てた。 「当たり前だ、魔法人形だからな。本物の獣と同じく火を恐れるはずがない。 クリザリングの奴はああいった奇怪なものを手駒として多くそろえているようだ、館の戦闘でも背後から魔法人形がわれわれに襲いかかってきた。 それさえなければ、トライェクトゥムの兵だけで圧倒してやれたのに」 小屋のなかではアニエス、逃げ出してきたばかりのマザリーニ、それにラ・トゥール伯爵が顔をつきあわせることになった。 帽子にクモの巣と木の葉がくっついたまま、椅子にすわって防寒用キルトにくるまっていたマザリーニがアニエスに向けて告げた。 「陛下のゆくえが知れない。館にはいなかったようだ、クリザリング卿に捕らえられてはいない。 てっきりラ・トゥール殿が連れて逃げてくれたものと思ったが、違うという。みずから行動して森に身を隠しておられるのかもしれん。 われわれは何よりも優先して、陛下の安全を確保するため動く必要がある」 つい数分前に、マザリーニは割合にかくしゃくとしながら森から林道に出てきたのである。 そのまま近衛隊によって保護されたのだった。彼は重要なさまざまの知らせをもたらした。 「それと、クリザリング卿は無灯火のフネに魔法人形をつめこんで航行している。 あの男の思考は読めぬ。十分に警戒せねばならん。 私は焚き火の明かりを見てここまで来れたのだが、間違いなく敵からも見えているぞ。なるべく早く腰をあげねば」 アンリエッタが行方不明と聞いて、アニエスは蒼白になっていたが、うろたえても益はないと合理的に判断することはできた。 (森をあてどなくさまようことになるが、ここは防戦にも向かんし、とどまるのはまずそうだ。 陛下も探さねば。なぐさめは、もし逃げたのならサイトがおそらく護衛として同道しているだろうことくらいか。 待てよ、森の無法者という連中がいたな。いっそ前の傭兵隊のように連中を味方につければ、森の地理を把握することができるのでは) 沈思するアニエスの前で、ラ・トゥール伯爵もまたなにかを考えていた。 彼は顔をあげて枢機卿にただした。 「マザリーニ様、さきほど聞いた話のなかで、フネの動力室も妙であったといわれましたな。詳しく聞くことをお許しいただけますか」 694 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 46 07 ID IdV3bW49 「……ああ、妙なことだけならほかにいくらでもあったのだがな。軟禁もされなかったので船内を歩きまわり、フネの動力室を見た。 違和感があった。風石の蓄えがなく、補充されたあともない。人の立ち入った気配さえほとんどなかった。動力源はすぐ消費されるのに」 「なるほど……」 下唇を指でつまんで考えこむラ・トゥール。 三人の横では、優先的に小屋に運びこまれた負傷兵たちが沈鬱に押し黙っている。 ……この状況はいろいろな要因による。アニエスたちは塔に踏みこめず、かえって塔からあふれでた怪物たちに蹴散らされるようにして道をはずれ、森に逃げこんだ。 来た道とはべつの林道を見つけ、クリザリング邸に引きかえす途中で、館から敗走してきたラ・トゥール伯爵の一団と出くわしたのである。 それからほどなくしてマザリーニを迎え、館側の一部の事情があきらかになった。それでも、情報はまだ足りていない。 アニエスはラ・トゥールのほうに一歩ふみこんだ。 「ラ・トゥール殿の兵を背後から襲ったのは、たぶん塔の怪物たちだと思います。自分たち王軍も、その怪物たちから逃げてこの小屋に逃げこんだしだいです。やつらはそのまま館に行ったのでしょう。 現在、近衛隊を陛下からあずけられているのは私です、ラ・トゥール殿。 われわれ双方で徹底した情報交換が必要かと存じます。考えてみれば、あなたとクリザリング卿の戦闘の経緯さえも聞いておりません」 ラ・トゥール伯爵の目が、今夜はじめてアニエスをまともに見た。 うろんげな、わずかに戸惑いを見せる表情。こちらを見るその目の光に、アニエスは唐突に既視感をおぼえた。 このような眼光はよく見てきた。 銃士隊長にのぼりつめるまでに軍で、栄達してからは王宮や任務のためおもむいた場で。貴族と相対したときに、多くの者の目の奥に。 (これは、平民を侮蔑する者の目だ) だがラ・トゥールの目の光は一瞬にして散じ、彼は愛想がよいとも言えるほどに気さくな声を出した。 さきほどアニエスが入ってきたときの不機嫌な応対とは、たいしたうって変わりようである。 「……ああ、たしか名はアニエス殿だったかな。失礼、勇壮な麗人であるという銃士隊長の名を、田舎者ゆえとっさに思い出すのに手間どりました。 戦闘の発端は、ウォルター・クリザリング、あの狂人」 その名をだしたとき、トライェクトゥム伯アルマン・ド・ラ・トゥールの四角い面に、憎悪の色がちらとかすめた。 「私は晩餐のあと奴と差し向かいで話しあい、昼間のことについて問いただすつもりでした。ですが交渉にさえ至りませんでした。 奴は召使にとりつがせた私の面会要求を、完全に無視してのけました。のみならず、そのまま私を拘束させようとしたのです。 幸いにも、わが兵が即座に反撃してくれました……そのあとの戦いはこちらに有利に進んでいたのですが、森からいきなり現れたおぞましい魔法人形の群れに背後をつかれたのです。 あとは知ってのとおり、館から撤退する途中であなたがたに出会い、こうして向かいあっているしだいです」 「なるほど、得心がいきました。 ところで、塔の〈永久薬〉について知っていますか?」 695 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 46 37 ID IdV3bW49 口をつぐんだラ・トゥール伯爵の顔色が数瞬のあいだに変わるのを、アニエスはやや皮肉っぽい気分でながめた。 その都市領主は、ややあって咳払いした。 「……そんなところまで、調べているのですか?」 (おや、これはなにか引っかかったな) そう腹の中でつぶやき、アニエスは答えない。ただ、じっとラ・トゥールを見るだけである。 しばしして、腹をくくったような顔を見せ、ラ・トゥール伯爵は肩をすくめた。 「ええ、この際その薬のことをもクリザリング卿に問いただしてみようと思っておりました。あの話を最初に聞いたとき、私は一笑にふしたのですがね。 普通に考えれば与太話のたぐいです。実際にあれば喉から手がでるほど欲しいと思うことも否定しませんよ。ええ、もしそんなものがあれば、いくらでも活用できますから。 ですが、それがどうやら本当にあるようなのです。そしてクリザリングは、おそらくそれを実際に活用しています」 「それはいったいどういう……」 アニエスがつい引きこまれたとき、「アニエス!」と呼ぶ声がそれを中断させた。 やむなく場をはずす。 「……ちょっと失礼」 呼ばれたほうへ行く。 ずっと小屋の暗い隅のほうで、なにやらごそごそしていたルイズが怒り泣きするような顔でアニエスの前に立った。 「アニエス! 出ない! 出ないのよ!」 「心配するな、荒事のときは新兵によく見られる現象だ。 座ったらまず息を深く吸いこんで上を向き、口をぽかりと空けてゆっくり息を吐け。なにも考えずリラックスに徹しろ。 さすればおのずと膀胱はゆるむ」 「だ、だれがお粗相の話をしてんのよ!? 虚無よ虚無!」 地団駄をふんでルイズがわめいた。 「乱発しすぎて魔力が切れてるのよ!」 一拍おいてその言葉の意味を理解し、アニエスは慨嘆して天井をあおいだ。 そういえばルイズはあのスフィンクス相手に、半ばパニック気味でディスペルやエクスプロージョンを放っていた。 696 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 47 12 ID IdV3bW49 それらを全部、あの厄介な魔法人形は巧みにはずしてしまった。 空中までふくめた広い領域を、水中の魚のように迅く滑らかに駆けまわって、危ないと見れば森に逃げこんで姿をくらまし、やりすごしている。 ガンダールヴ状態の才人でも凌駕できるか怪しいほどのスピードもさることながら、不気味なのは生きた獣としか思えないその勘のよさだった。 ともかく結果、ルイズは無駄撃ちのしすぎで魔力のストックが切れたということらしい。 「魔力が回復するまでどのくらいかかる?」 「そ、それは……それがわかれば苦労しないわよ……」 「……やむをえまい。ラ・ヴァリエール殿は戦力からはずす。 私の後ろにいろ」 アニエスは落胆こそしていたが、とくに厳しい態度をとったつもりはなかった。だがやはり目に見えてルイズは沈んだ。 精神の成長いちじるしいとはいえこの少女はまだまだ、虚無が使えないと自身の価値はほとんどなくなるという強迫観念が、完全には消えないようなのだった。 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 獣脂の明かりの揺れる小屋の中。 寝起きの役にしか立たなさそうな小屋は、入ってすぐ毛布もないむき出しの木のベッドがある。 その上で女王は、夜を徹して語る覚悟を決めたようだった。 「クリザリング卿が、いまのところ最大の容疑者です」 今夜自分に「ほれ薬」を盛り、兵を動かして反乱同然の真似をした人物が誰かについて、アンリエッタは断定した。 求婚の件があるだけではない。 マーク・レンデルから聞いた種々の情報は、ウォルター・クリザリングという男に対する疑惑を深めるようなものばかりだった。 「もし彼が今夜の騒動の立役者であるのなら、わたくしたちはレンデル氏の共闘の申し出を受けましょう。かれらは森の地理には通暁しているはずです。 でも、ほかの可能性はないのかしら……ラ・トゥール伯爵のほうがわたくしに弓をひいたというような」 ともすれば薬のため散らばる思考をかき集め、わざわざ口にだしてつぶやく。 一つ一つ、必死につむぎあげる憶測を足がかりにして、さらに思索をすすめる。 才人が妙に硬いささやき声で口をはさんだ。 「あの伯爵ですか。なにか心当たりでも?」 その声を聞いて、アンリエッタは赤みがかったまぶたを伏せて「ええ」と答える。 いまや思考すること自体が、むりにでも理性をたもつための方法なのだった。 697 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 47 47 ID IdV3bW49 「ラ・トゥール伯爵家は、もともと都市トライェクトゥムの領主として、大権をふるってトライェクトゥムに君臨していた名門でした。 でも、何百年も前にラ・トゥール家による暴政がつづいたとき、市民たちが時のトリステイン国王に直訴し、王の裁きが下されました。 王家がトライェクトゥムの市民と組んで、ラ・トゥール家から大幅に実権をとりあげたのです」 立て板に水のようにすらすらと、ただし情動はほとんどない口調。 たぶん、詰めこまれた教育で得た知識を、教科書どおりに口にしているのだろう。 今の彼女にとっては、とにかく何でもいいから思い浮かべる材料があればいいようだった。 「そのあとはトライェクトゥムは、事実上の国王直轄地として栄えました。 それさえも、王家が市の参事会にさまざまな特権を保証して、見返りに税を受けとったというだけで、実際は市民の自治都市だったのですが…… いっぽうのラ・トゥール家は伯爵家という肩書きだけはそのままに、中小規模の貴族に転落したとのこと……です」 「なるほど。だから恨みを王家に、という考えで?」 「いえ……待って、よく考えれば、それも微妙ですね…… その昔日のころであれば、ラ・トゥール伯爵家が叛意をいだくことも納得できたかもしれませんが、長年のうちにラ・トゥール家は地道にじわじわと実権を取り戻し……、 ええと、そう、王家には恭順的で、市の参事会にも平和的に食いこみ、いまのアルマン卿の代では、参事会代表にものぼりつめ、完全に返り咲いて、いるはずで…… 順風満帆なら、反乱してなにも、得るものは、ないのですから……やはり、……違うのでしょう、か……」 アンリエッタの頭がふらふらしはじめた。 才人は血相をかえてその肩をゆする。 「姫さま、気をたしかに!」 ぼんやりと女王が、半分閉じかけていた目を見開く。 傍からみれば、睡魔との戦いに似ていなくもない。 この数刻何度あたらしい解毒薬をのんでも、ほれ薬と解毒薬のせめぎ合いは最終的にほれ薬の勝利に終わるのだった。 やはりほれ薬のほうは、マーク・レンデルにさきほど聞かされた話の薬のように「永続」の属性を得ていると思われた。 どうにか持ちなおしたアンリエッタは、なるべく長く正気をたもつべく話を続ける。 彼女が一方的に口を動かしているのは、才人の声があまり彼女の耳に入ると、情感の高まりをこらえきれなくなるためだった。 「実は貴族の反乱も、無理ないかもしれないと少しだけ思うのです…… 最近のわたくしの施政そのものが、彼らの敵意を誘発するものであったかもしれませんから……」 女王は「武器税」のことを話す。 諸侯の力をおさえ、平民を引きあげる政策の一環であるそれを。 赤らんだ表情を眠たげにとろかせながらも、この話をするとき瞳の奥には意志が光った。彼女なりに、こだわりがあることだから。 それでも精神が揺れているのか、いつのまにか語ることに弱音が混じっている。 698 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 48 27 ID IdV3bW49 アンリエッタは芯をどうにか保ちながら、しかし沈鬱な声音で話をつづける。 先の巡幸の一連から、みずからの目ざす施政が、それまでより形を幾分か変え、鮮明になったと感じたことを。 できる限りそれを成しとげたい、という思いを。けれどもマザリーニの反対をはじめとしてつきまとう困難と、自分でもまた悩みを捨て切れないことを。 「改革はこの先も、多くの貴族の恨みを買うでしょうし……もしも大規模な反乱が起き、かえって国家の屋台骨をゆるがすようなことになれば、失政のそしりはまぬがれません。 ……ほんとうは自分でも自信がないの。巡幸のときのことがなければ、わたくしは貴族の力を削ごうとは、この先もずっと考えていなかったかもしれない。 そしてこれはけっきょく自分の、自分の罪悪感をごまかそうとしているだけかも、と」 静かに震えながら、アンリエッタは思い返す。 罪を問うような青い目を。【拙作SS】 唇をかみしめ、知らず知らずのうちに、黙って聞いている少年に問いかけてしまう。 「善政を敷くため行動しようとしても、発端がしょせん偽善ではないかと思えば……その結果も、安定していた国を乱すだけで終わるというのなら…… やはり、これも感情に翻弄されて、いたずらに国政を左右しているだけなのでしょうか……?」 重い心情を吐露されて、才人は目をふせて考えこんだ。 アンリエッタは胸を上下させながらも、それを妨げないよう少年の近くで静かに待つ。 ほのめく薄明としめやかな息づかいの中、時間がすぎてゆく。長く深く考えこんだ後、ようやく才人は顔をあげた。 彼はまず断っておく。「姫さま自身にわからないことは、俺にはなおさらわかりませんよ。ルイズと違って政治のことはたいして助言もできないです」と。 「ただ、俺の使い魔の力もそうですが、人間がやることの原動力ってたいがい感情がからみますし、結果がよければ発端とかが何でも気にしなくていいと思いますけど。 『その結果が出るのか自信が持てない』というなら、自分のやることが正しいのか、つねに考えながら進んでいけば……たとえ間違っても間違ったところまで引きかえせると思います」 アンリエッタはその言葉を真摯に受けとめ、気をぬけば崩壊しそうな理性に喝をいれて、意味を噛みくだいた。 たしかに政治は、結果で評価が決まるのだろう。 そして常に、この選択でよいのか考え続ける。終わることなく。 内容的にはけっこう厳しいことを言われたのかもしれなかったが、にもかかわらずアンリエッタはつい嬉しくなった。内容よりもそれを話すときの、少年の表情や口調の繊細な雰囲気に。 真剣に考えて忌憚なく話し、その上でなおもこちらを気づかっていることがはっきり伝わったから。 貴種の生まれ育ちゆえにアンリエッタは、他者の心のありようを察する能力が高いとはいえない。そんな彼女でも容易にわかる、情の深さ。それをこの少年は持っていた。 彼はたぶん誇りのため、またはこうして他人のためにどこまでも真剣になれるのだろう。うっかり意識したとき胸が熱くなり、(あ、駄目)と思いつつもゆらゆらと思考が雲散していく。 ちゅ。 アンリエッタに何度目かにキスされ、才人は固まった。 少女の手で顔を両側からはさまれて上向かせられ、ゆっくり唇で口元や頬をついばまれる。 ゆっくりといっても、それはアンリエッタがぎりぎりで踏みとどまっているがゆえである。 「ひ、姫さま、こらえろよ……?」 699 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 50 00 ID IdV3bW49 「………………失礼いたしました……」 どうにかという感じで、少女が上気した顔を離す。髪や肌からは、先ほどのキスのように甘い香りがふわりと立ちのぼる。 才人はひそかに固唾をのんだ。 精神力を総動員して耐えているのは、実のところアンリエッタだけではなくなりつつある。 「というかあの、この体勢からして、ちょっと変えたほうがと愚見しますが」 才人が指摘した。彼は壁に体をつけてベッドに座りこんでいる。 そのひざの上にアンリエッタが腰かけ、才人の首を抱くようにもたれかかった姿勢で話しているのだった。 少女が首をふった。至近距離で栗色の髪が揺れる。熱情がしたたるようなささやき。 「だめです……いまではもう、わずかでも離れたらかえって自分を見失ってしまいそうで」 「だーもう、なんて厄介な薬だよ」 才人が苦悩のうめきをこぼした。 もともと「離れると心がひどく乱れて、自我を保つのもままならなくなる」とアンリエッタが同じ屋根の下をもとめたのだが、それでも最初は彼女もかなり耐えていた。 ベッドの端と端に距離をあけて座っていたのである。 それが時間が経過するうち、いつのまにか距離がちぢまり、気がつくとこんな姿勢になっている。 そのあとは才人が、何度か発作的にこらえられなくなったアンリエッタに、首から上を咬まれたり吸われたり。 愛の妖精でも赤面しそうな光景が現出しているのだった。 確かにいまの才人は一人きりの護衛である。 女王から離れるのはいろいろ問題あるのだが、これでは別の意味で二人とも危険だった。 うっかり過ちを犯したらシャレではすまない。 そんなわけで目下、才人は必死で心に城壁を積みあげている。 ルイズ達と連絡がとれるまでの辛抱だ耐えろ俺、と心中につぶやいてから、才人はふと思いだして、気になっていたことを訊いてみた。 「そういやなんで、薬の効果が発揮されたのが俺なんです? 晩の食卓で盛られたっていいますけど、あの薬は飲んで最初に見た者に効くと思ってたんですが」 アンリエッタはうろたえたように視線をさまよわせた。 晩餐では才人やルイズとのことをはじめとして、物思いにふけっていた。 結果として、思考にあわせて視線が、護衛として離れた位置に立っていた才人に向きっぱなしになっていたのである。 700 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 50 48 ID IdV3bW49 どう言えばいいのか思いなやむうちに朦朧として、気がつくとアンリエッタはまた少年に唇を重ねている。 ごまかす意図のキスではないが、結果としてそうなりそうだった。 「ちゅ、ん、む、あむ」 今度ははしたなく薄い舌まですべりこませている。 先ほどの発作からほとんど間もおかない口づけに、面食らった顔をしていた才人がようやく反応した。顔をひいて唇を離す。 「姫さま、まずい、まずいからこれ」とうろたえ、アンリエッタの肩をつかんで離そうとする。 それに逆らい、少年の頭をかかえこむようにして、アンリエッタはなおさら深く唇を重ねた。 胸を満たすまろやかな情愛の切なさに、少女の瞳がうるんでいる。 口内で舌に舌をからめられて才人の手が、指をぴくぴくと引きつらせながらアンリエッタの腰にまわされかけ、どうにか硬直してとどまった。 才人にとっても、予想以上にきついのだった。 彼とて自分の精神力、というか我慢強さに自信がないわけではなかった。ルイズのほれ薬騒動のときも凶悪な状況だったが耐えきったのである。 ……が、彼とて木石ではなく、くわえて今のアンリエッタはある意味危険物そのものになっていた。 「は……ぁむ、ちゅぴ……かぷ」 「ひゃわわわわわ! そこやめろストップ止まれ!」 アンリエッタが少しずつ身じろぎし、その降らせる口づけが下に移動している。いつのまにかパーカーのチャックも胸まで引き下ろされていた。 キスが首筋を通って鎖骨まで達し、そこで鎖骨に甘く歯をたてられたあたりで才人はこらえかねて制止の叫びをあげた。 愛撫がこれより下に行くのを何としてもとどめるべく、とっさに腕を少女の背にまわして動きを拘束する。 優美な背をたわむほどに抱きしめられて苦しげに息をつきながら、それでもアンリエッタは才人の顔や首筋に口づけていくのだった。 見るものことごとくを魅せるような濃い色香が、花のように匂っている。 単なるほれ薬だけの投与のときとはまた違う。 内奥での薬と解毒薬の終わらないせめぎ合いが、抵抗する少女の苦悩と痴酔の入り乱れるさまとなって表面に出、言いようもない危うい美をもたらしていた。 昔、ほれ薬をのんだときのルイズも危険物と化していたが、今回の危機はあれに勝るとも劣らない。 なにしろ今のアンリエッタは朦朧としているぶん抑えがきかず、スキンシップ過多の傾向がある。 才人は上向かされる。 口づけが、黒髪に。 髪からまぶたの上。下に移動して唇に軽く。 唇から頬。頬から耳。 701 :黄金溶液〈中〉:2007/12/19(水) 00 51 41 ID IdV3bW49 才人が無表情になっているのは、平静をたもつべく必死につとめているからである。 ……裏がえせば、精神力をふりしぼっても本気でヤバい局面が来ていることを悟ったのだった。 アンリエッタの「発作」は、どんどん間隔がみじかくなっている。くわえて威力もはね上がりだしている。解毒薬の効果が薄れていくためだろう。 「おい小僧、毛布を差し入れてや………………失礼」 マーク・レンデルが毛布を手にして小屋にふみこみかけ、即座にくるりと回れ右して出ていった。 開いたドアがもとどおり閉まる。 しかしこの一瞬、アンリエッタの注意がわずかにそれた隙をねらって、才人はどうにかあまり乱暴にならず彼女を引き離すことに成功している。 密着状態がちょっとだけゆるんだので、説得にかかる。 「落ちつけ姫さま、深呼吸して正気に戻れー……?」 「…………おちつ…………」 「そうそう、がんばって、踏みとどまってください!」 「……お、し……お慕い……して、おりま、すぅ……」 火照った態。ついに目を回しながら睦言まで口走りはじめた。 いいかげんに限界のようだった。 才人はふところから解毒薬の小ビンを取りだし、アンリエッタにのませるべく栓をぬく。 蒼白になりつつ、足りるかどうか目ではかったそれは、あと三回分もないのだった。本来なら節約するべきではあろうが。 「……朝までもつかな……」とのつぶやきには、彼自身の精神的耐久力のことも含んでいる。 30 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 14 25 ID /8zwchxn \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ アニエスたちのこもっていた林道沿いの小屋の前。 三隻のフネは大破して、木々の梢をへしおりながら林道をふさぐように墜落していた。 墜落船から今しがた下りてきた異形の魔法人形たちが、林道を後退する王軍側の必死の応戦を意に介しないかのように、ゆったりと前に進んでくる。 焚き火から離れれば、夜目のきかない人間たちがそれだけ不利になりそうである。 「血液はすなわち可飲黄金Aurum potabile」 アニエスたちの前方で、ウォルター・クリザリングが語りながら林道を闊歩してくる。 無味乾燥なその表情が、焚き火に赤々と照らされている。それでも不健康な青白い顔色。 焚き火の横には、トロールの魔法人形に殴り殺されたトライェクトゥムの兵が一人倒れ、その死骸に二、三体ばかりの魔法人形がおおいかぶさって、液体をすすり飲む音を立てていた。 「生命力、充溢せる命そのものの証だ。 だからそう騒ぐことでもない。この魔法人形らは傷つけられて〈黄金の血〉を流した。 体液を補充してみずからを癒さんがため、備わった本能的な行動をとっているにすぎない」 クリザリングの言葉はアニエスの横で血の気をうしなっているルイズに向けられている。 先ほど、ルイズがあげた「血を飲んでるわ」という悲鳴に応えているのだろう。 「赤、極まれば金となり、銀、死を得ては黒と化す。 血液は黄金に変じ、水銀は黒色回帰する。 錬金術師の理もさまざまあれど、『塔のメイジ』の系譜は赤を金に変じさせるべく目指してきた」 クリザリングが何を言っているのかアニエスには理解できなかったが、ただ明らかに見えることがあった。 人血摂取する異形たちの、王軍の弾丸や風の刃でついた傷口からは、血のように液体がたらたらと流れだしていた。 その色は黄金。 「生物の血液は、かれらの体内にとりこまれれば、そこに流れる黄金の液に同化されていく。 伝説を調べていたのならとうに気づいているだろう、そこの銃士隊の隊長殿。この人形たちは〈永久薬〉によって千年前から動いている。『塔のメイジ』の産物だよ」 クリザリングは歩いて魔法人形たちの最前線に出ると、手をあげて彼らの動きを止め、二十歩ほどの距離で王軍の面々を見まわしていた。 女王はいないな、とその色の悪い唇が動いた。 (最悪だ。直前に情報を得ていたのに、奇襲を許してしまった) アニエスはほぞを噛んだ。 無灯火ゆえ、フネが小屋に接近するのを、すぐ近くにくるまで誰も気がつかなかった。 その前に、マザリーニが逃げてしらせてきたときに、すぐさま移動するべきだったのだ。 それでも森にはさまれた狭い林道にはまさか着陸できまい、と思ったのが間違いだった。 31 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 15 02 ID /8zwchxn (いかれている、何のためらいもなく降下させてフネを壊し、道をふさいで飛び降りてくるとは……) 魔法人形たちは数はこちらより多くない。五十体ばかり。 しかし、ことごとく巨躯で力が強い。しかもあのスフィンクスと同じく、弾丸や魔法を命中させても止まらない。あれより動きははるかに鈍いが。 王軍の攻撃をおそれる風もなくその魔法人形の先陣に、杖さえ抜かず泰然と立つクリザリングをねめつけ、アニエスは気力をふるいたたせて問いただした。 「なぜわれわれに弓をひく、クリザリング卿?」 問われた者は答えなかった。 正確には、答える前に悪意に満ちた叫び声を、ラ・トゥール伯爵がはさんだ。 「なぜかはわかっている!」 彼は杖をふって魔法人形たちに大石を次々と飛ばしていたが、このとき対峙する二人に割りこむようにしてクリザリングに杖をつきつけた。 「〈永久薬〉を奪われたくないのだ、この男は」 トライェクトゥムの都市領主は、王の森の森林管理官を指して、唇をまくれあがらせて糾弾する。 「マザリーニ様の話を聞いて確信したことがある。 そのフネ――風石なしで動くか、特別の風石を使っているだろう? おそらく、〈永久薬〉の作用か」 それを聞いて、だれもが息を呑んだ。 口の端に勝ち誇る笑みさえ浮かべて、ラ・トゥール伯爵は推測をつむぐ。 「最初から微妙に違和感があったのだ、ここへ来るときの迎えのフネが、風石を買って積みもせず、長時間一定の速さで飛んでみせたことに。 風石は一度に積みすぎれば船が遅くなる【2巻】から、こまめに買うのが普通だというのに。 速度が変わらないのは消費する量が一定であるように緻密に調節しているからだと思っていたが、マザリーニ様の話では動力室に立ち入った形跡さえまばらという」 交易船を扱おうとする商人の目線で気づいていたことを、得々と。 「聞いたことがあるぞ。永久薬は、物質の効力を無限に引き伸ばすと。それをフネを動かす動力に使う。するとどうなる? そのフネで、商いのために航空すれば、なにが利益になる?」 ルイズとマザリーニが顔を見合わせるのが、アニエスの視界の端にうつった。 そして、枢機卿が短く理解の声をあげた。 「そうか、動力費が単に浮くだけではない、森林管理官の任務をはたすためとして、クリザリング卿が政府に要求しつづけた風石…… それをすべてそっくり消費しないまま、元手なしの商品としたのだな」 風石はフネの航空には必須の動力であり、それ自体が商品となる。 長距離を、多くの荷をつんで航空する空の商船ならば、必然的に風石を大量に消費するのだから、浮く動力費からして相当なものだろう。 ラ・トゥール伯爵がうなずいた。 33 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 15 36 ID /8zwchxn 「昼に続き、ご賢察と言わざるをえませんな、マザリーニ様。 しかし、それは氷山の一角にすぎない……そも、船団の航空記録が公文書にはっきり残るのは、フネは物資を補給するために港によらざるを得ないため」 動力としての風石。乗組員の食料と水。ほかは無くともいいが、長期の航空にはどうしてもこれらの物資だけは必要である。 そして、各地の港においてフネの寄港は記録され、商船団の出発地、積み荷、この先の予定地のすべては明らかにされる。 積荷の種類や多寡によっておさめる税の額もきまる。免税権を王に保障されていないかぎり、寄港するだけで関税をかけられるのは普通である。 なるべく港によりたくなくても、最低限の補給はせねばならない。 ……通常の遠隔貿易の船ならば。 「補給の必要、港ごとの課税。それらを無にする永久機関、まさに垂涎ものだな。……クリザリング、貴様がなにをしたか当ててやろうか? 公式に記録されているその先まで航空して商品を買いつけ、さばかせ……もしかすると闇の貿易であるのをよいことに、高利を得られる禁制品までをあつかったな? 港に寄らないため気づかれず、徴税官の書類記入をのがれた交易は、税がかからないことだけでも莫大な利益がふところに転がりこむというわけだ。 どれだけの利を叩きだしたんだ? 言ってみろよ」 「待ってくれ、ラ・トゥール殿」 アニエスはあの目の光を見たときより、この貴族と会話するのは気がひけたが、それでも引っかかることがいくつかあった。 「遠隔交易で商船を動かすとき、風石をクリザリング卿はちゃんと買っている。 それに風石の補給がいらないとしても、乗組員の食料や水は必要だろう。我慢させたとでもいうのか?」 「カモフラージュ用に買ったに決まっている、その風石も記録に残らないところで売りさばけばいいだけだ! そして食料も水も不要なのだろうよ。なぜなら」 ラ・トゥールは忌まわしげに唾を吐き、クリザリングの後ろに、異形らに混じってつつましく控える召使たちを指す。 「そいつらにはあの魔法人形どもとおなじく〈永久薬〉が使われているな? 館で戦ったとき、傷ついた者からは金色の液が流れたぞ。その液が〈永久薬〉と関係あるのだろう」 はたで聞いていたアニエスは深呼吸した――驚く話が多すぎる。 「はっ、他人に渡したくないのも無理はない、おぞましき業に手をそめて、さだめし金貨に首まで埋まるほど稼いだのだろうからな。それなら最初から、私と組みたいはずがなかったな。 〈永久薬〉を利用した闇の交易を秘匿するため、女王陛下に求婚するという茶番を演出し、陛下を怒らせて追い帰し、私のもちかけた話をうやむやにしようとしたんだな?」 糾弾を黙って訊いていた森林管理官がこのときようやく、わずかに面白がるような声を発した。 「おまえを見直した。金への執着からくる邪推で、そこまで頭をめぐらせられるとは」 ラ・トゥール伯爵の顔がどす黒く染まった。 それに頓着せず、クリザリングは「最後だけは的外れもいいところだがね」とつぶやいてから、こきりと首をひねって鳴らした。 34 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 16 09 ID /8zwchxn 「手前の動機はともかく、行動自体はラ・トゥール、おまえの推測にほぼ沿っている。〈永久薬〉を作るだけで家財をほぼ食い潰してしまったのでね。 その上さらにクリザリング個人の研究を完成させるためには、資金が必要だった」 みずから〈永久薬〉を作った。 そのことがなんでもないかのようにクリザリングは言ってのけた。 「〈永久薬〉についてもいいところをついている。その本質は『固定せる生命にして動力』だ。 しかし誤解があるが、〈永久薬〉は人間に使うようなものではない。こいつらは皆、この手で作った人型の魔法人形だよ……まわりの恐ろしき姿の者たちのほうはスフィンクスを除き、『塔のメイジ』の産物だがね。 ところで、そろそろ終わらせていいか?」 倦怠感のこもった最後の声に、王軍の全員が身がまえた。 アニエスは拳銃で目前の男の心臓をねらい、ラ・トゥールとルイズが杖をにぎった。 ……ルイズは先ほど精神エネルギー切れで虚無が出せなくなっていた。すぐ回復したと考えるのは楽観も度がすぎる。アニエスはちらりとラ・トゥールを見た。 彼女のほうを見てはいなかったが、合図するまでもなくラ・トゥールはすでに詠唱していた。 アニエスも引き金にあてた指に力をこめる。 (この男は危険だ、遠慮などしていられるものか) 恐怖の叫びが背後からあがった。 アニエスの足裏から脳天を悪寒がつらぬいた。 ふり向くとルイズが、地面に転がっていた。パニックに陥ってかじたばたと手足をふりまわす彼女のマントは、さきほどの悲鳴の一瞬に獣の爪に引き裂かれてずたずたになっていた。 驚いて転んだため一撃が当たらなかったらしく、奇跡的にルイズは傷ひとつなかった――今のところは。 跳躍を終えたスフィンクスの魔法人形が、地面に降りたって獲物を今度こそ引き裂くべく身を返したところだった。 (し……しまった!) アニエスは息をのんだ。 前方のクリザリングに注目しているうちに、林道をはさむ横の森をこの魔法人形はとおり、ぎっしり詰まっている近衛隊の中にとびこみ、アニエスたちの背後をおさえたのだ。 詠唱を中断させられたラ・トゥール、それに恐慌の声をあげて四方に後じさる兵士たちが、てんでに杖や銃をスフィンクスに向ける。アニエスは泡をくった。 (馬鹿、こんな近距離だと同士討ちになる!) 「ああスフィンクス、ちょっと待て。 ラ・トゥール、おまえは土系統だったな? ゴーレムを呼びだせばおまえが真っ先に標的だ。言っておくが、必ず死ぬぞ」 35 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 16 59 ID /8zwchxn クリザリングの言葉にあわせ、人面獅子身の怪物が、黒目のない目で一同を見た。 その言葉に嘘はないことが、アニエスにはわかった。この魔法人形の速さなら、この距離に近づけばだれでも即座に殺せるだろう。 「そいつは『塔のメイジ』ではなく、手前みずから作った特別製でな。素早く、また飛ぶ。たとえゴーレムと相対しても、敵の振りまわす腕を軽々とかいくぐって操り主を殺すだろう。 くわえて〈永久薬〉を使っており、物理的に破壊しつくされねば止まらない。数発ていど銃弾や魔法を当てようと無駄だ」 抑揚もなく、淡々と、クリザリングはそう言った。拳銃を突きつけられていることなど目に入らないかのように。 アニエスはその心臓から銃口がぶれないように、また声を震わせないように注意して言った。 「……たがいに王手というわけだな」 「まさか。対等の状況だと信じているのなら、ためしに撃ってみればよい」 こともなげに森林管理官が言う。 はったりだと思おうとしながらも、アニエスは急激にふくれあがる絶望に呑まれかけた。衝動的に引き金を引きそうになり、すんでのところでとどまる。 「手前が殺す必要があるのはそこの少女だけだ。塔を暴かれる可能性は徹底してつぶしたい。これでもクリザリング家は塔の守護者なのでな。 その少女を引き渡すなら、無用な戦いは避けてもいいが」 「よ――よく言えたものだ! 話を聞けば、貴様自身が塔に踏みこみ、〈永久薬〉を作って私利をむさぼったということではないか! なにが守護者か」 「そうはいえど、塔も〈永久薬〉も本来、クリザリング家に属するものだ。『塔のメイジ』はクリザリング家の祖でもあるのだからな。 あらゆる意味で〈血〉が、われらの錬金術の理なのだ。 現に、この場の魔法人形のほとんどは塔のメイジ謹製だが、かれらも手前の意のままに動く。幽閉された塔のメイジ自身と、滅びたアルビオン王以外、この関係に干渉は――」 風の鳴る音がして、言葉が切れた。 クリザリングのわき腹に浅く矢が突き立っている。 無表情に体の横にささった矢を見てから、森林管理官が攻撃の来たほうを向きなおった瞬間、第二矢、三矢、四、五、六と飛矢がまとめてその体を襲った。 最後にサーベルで鉄鍋を突いたような音とともに、森林管理官の頭が殴られたように真後ろにがくんと倒れた。 額の辺りを打った矢が一本、はねかえって地面に落ちていた。 アニエスたちが目を点にする間もなく、林道の横の森から、毛皮やウールの服を身につけた男たちが六、七名ばかり出てきた。 手には弦がいまだ震える弓。 先ほどのスフィンクスと同じく、森からの奇襲だった。ただし攻撃されたのは今度はクリザリングであったが。 36 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 18 07 ID /8zwchxn 森の陰から木々をぬうようにして矢を標的に命中させた彼らは、だれもが重苦しく目をぎらつかせて、矢を体に突き立たせてよろめいているクリザリングを見つめていた。 そのうちの一人が弓をそばの一人にわたし、手に鉈をもって歩み寄った。 「『俺たち領民を先に裏切ったのはあんただ、ウォルター』 このような日が来たときはそう言え、とマークに言われている」 手で顔をおおって背をまるめたクリザリングに対し、硬い表情のその男は鉈を頭上にふりあげた。 落下したその鉈が、がちりと音をたてて止められた。 クリザリングは右手で顔をおおったまま、左手を上にあげてとっさに防ごうとしたらしい。鉈はその手首に半分ちかく食いこんでいた。 わずかな感慨をこめた声が、顔をおおう指のあいだから漏れた。 「久しぶりだな、ダン」 男の顔が引きつった。名を呼ばれたからではない。 このとき、森から現れたほかの男たちも、アニエスも地面に転がっているルイズも、マザリーニもラ・トゥールもクリザリングを凝視していた。 深淵から這いでてきたおぞましい何かを見る目で。 「エドガー、ジョー、サイモン、ジョフリー、ポインツ、ケイン……おまえたちももちろん忘れていないとも、わが旧友にして臣下らよ。 ほうっておけば死ぬか去ると思っていたが、マークの下で意外にしぶとく耐えるようだ。 いままでは見逃してやるつもりだったが、いまのは久方ぶりに癇というものにさわった……おまえたちは皮をはいで吊るすことにする」 焚き火に照らされる中、黄金の液体が、ぽたりぽたりと地面に落ちる。 なかば切断された左手の傷。そこから、金色の血がゆるゆると流れていた。 鉈をふりおろした男があえいだ。 「ウォルター様、あんたは……」 その声を最後まで言うことなく、迅速にとびついた獣がその男を押し倒し、一瞬にして歯でのどを声帯ごと食いやぶり、断末魔の声さえを奪った。 スフィンクスがバリバリと男を引き裂く音のなか、「ウォルター・クリザリング」は顔から右手をはなした。 額の、破れた表皮の下には鋼の仮面。 絶たれかけた手首の切断面からは、黄金の液がぼたぼたと落ちる。 全身に浅く突き立った矢。それでどこかがいかれたのか。身動きのたびに。 がちりがちりと――鉄の音。 スフィンクスの威圧から逃れて、地面からほうほうの態で起き上がっていたルイズがごくりと息をのみ、無意識にかアニエスの袖をつかんだ。 アニエスはそっとその手をはずさせ、拳銃をやや下げながらはき捨てた。 37 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 18 47 ID /8zwchxn 「貴様自身が、魔法人形だったとはな」 「ウォルター・クリザリング」の鈍色が混じる顔がアニエスとルイズを向く。 折からの強風を受け、焚き火が天を焦がすほどに赤々と、森の闇を圧しながらひときわ燃えさかった。 「女よ、たしかにこの身は魔法人形だが、脳と心臓は『ウォルター・クリザリング』のものなのだぞ。だから、それらの急所には鋼の板を埋めこんである。 塔の系譜の錬金術の秘奥、〈永久薬〉がなんであるか、昼には語らなかったことを教えてやろう」 「ウォルター・クリザリング」は胸を指した。 「古来より『生命力にして動力』そのものをつかさどる、心臓と血液だ。 生きた人間のそれを体内で変質させ、生成する〈黄金の心臓〉と〈黄金の血〉だ」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 真夜中。森の集落の小屋。 蒼涼な光をはなつ星辰の下、木のドアを開けて戸外によろめきまろぶように出てきた少年がいる。 才人は出入り口の横の雨水を満たした水盤にとりつくと、手を噛むような冷たさを問題にせずその水をすくい、顔に数度ぶっかけた。 あごからしずくをぽたぽた垂らしながら、放心したようにその場にしゃがみこんだ。 「た……耐えろ……俺……」 いまは正直、煩悩を岩のごとき意志でおさえこんでいる状態。 この夜に彼が内心でおこなった、劣情をやりすごすための努力といったらそれはもう、同年代の男から賞賛を受けられるレベルである。 そういうわけで才人は、脳に熱がのぼりすぎて真剣に鼻血が出る寸前なのだった。 と言っても、実は精神力だけで耐え切れたわけではない。 けっきょく今も解毒薬を使って逃れてきた。薬はもうあと一回分しかない。 「……あの人、なんであそこまでエロい空気を出せるんだ……」 いまは小屋のベッドに横たわって荒い息をととのえようとしているであろうアンリエッタのことを、苦悩をこめて口にする。 彼女はさっきまで、のんだ薬が肌から微細な霧になってほむほむと立ちのぼっているような、蠱惑的な濃い色香をさんざんにふりまいていたのだった。 キスはじめとする過度のスキンシップを受けながら、あれを耐えるのは拷問に近い。というか拷問である。犠牲者の少年はそう評する。 38 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 19 43 ID /8zwchxn 気がつくと、気配もなく隣にマーク・レンデルが立っていた。 黒々とした夜気のなか、元森番は水盤に手をつっこんでその水を口にふくみ、うがいしてぺっと地面に吐いた。 それから口元をぬぐって、ぼそっと言った。 「……あきらめて、なるようになれば?」 「冗談じゃねえ!」 間違いですむこととすまないことがある。 この場合相手が相手なので、とくに。 くわっと目をむいた才人に対し、マーク・レンデルは他人事そのものの無責任な意見をのべた。 「不可抗力ってことで開き直ればいいじゃないか。上品な言い方で、ええと、一夜の夢ってやつだな。 あの娘も、お前さんのことが満更でもないようだし」 だからそれが薬のせいだよ! と才人は叫ぶ。 おぼろに好意を向けられていたとおぼしきの一連のことは、つとめて考えないようにしている。 そのことを意識したら、小屋内にもどったとき抑えがきかなくなりそうなので。 意識しなくても、このままだと遠からず確実に理性か脳の血管かが切れる。 「おい、まだ連絡つかないのかよ!? あ、いや、乱暴な言い方ですみません。 でも正直もう寸刻も待てねーんだよ!」 「落ち着けって。もうじき弟分たちが帰ってくるから。 それより、そこまで必死に拒むということは、あの娘はよほど身分が高いか、重要な人物だな? おまえら、トリステイン王家の関係者だろう」 寒月の光を反射する、鋭く透徹するような眼が才人を見た。 ぎくりとして才人は口をつぐむ。マーク・レンデルは鼻をならした。 「あの娘の肌着は上質のもの、おまえのマントには王家の百合の紋。 それ以前にあの娘の挙措で、かなり身分の高い貴族だというのは丸わかりだ。 これでもアルビオン王家のあったころには従軍していたんでな、世間を多少は見ている」 才人は顔をしかめて考えた。 これ以上ごまかすのは無理がある。 それに、おそらくこの男なら自分たちに害を与えることはないだろう。正直にすべてを話して、あらためて協力してもらうほうがいい。 一応部屋に戻ってアンリエッタに意見を訊いてみようと思い定めたとき、小さく鋭い声が背後の森のなかから聞こえた。 「マーク!」 39 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 20 28 ID /8zwchxn 駆けどおしだったらしく、激しい勢いで藪のなかから飛びだしてきた男は、マーク・レンデルが今夜放った斥候隊の一人である。 その男は足早に二人のそばに歩み寄り、息を切らしながら一気呵成に告げた。 「ダンが死んだ、ウォルターは怪物になっていた、彼はトリステインの女王と敵対している。 われわれは王軍と共闘……いや、先導して逃げている。いまは敵の鼻面の先だ。まもなくここに来るかもしれんぞ」 マーク・レンデルはその支離滅裂にさえ聞こえる報告に、すぐには目立った反応を返さなかった。 一言「ダンが?」とつぶやいて、沈黙し、報告をもたらした男が焦れてもう一度口をひらきかけたころにようやく手をあげた。 「全部、わかるように話してくれ」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 近衛隊およびトライェクトゥムの兵たちは、わずかに月光さしこむ森の中を、足をもつれさせ木の根につまずきながら走っている。 全力疾走ではない。兵の体力がもたないことを考慮に入れ、先導する無法者たちは敵に追いつかれず長く走れる速度を見きわめて走っている。 すぐ後ろを走っているルイズをアニエスは何度もふりむき、その無事を確認した。 クリザリング卿は、ルイズを優先して殺すつもりのようだった。主君の腹心に一指たりとも触れさせるわけにはいかない。 目の前では森の無法者たちが、マザリーニを交代で背負って走っていた。 運動不足がたたってか速度が落ちてきたルイズを、声で鞭打つように叱咤する。 「足を動かしつづけろ!」 汗を滝とながし、ぜっ、はっ、と荒い息をつきながらも、ルイズは一言も言い返さない。 無駄口をきけないほど酸素を消費していることもあるが、止まったら死ぬのが目に見えていたのだった。 落ち葉を蹴立て、柔らかい腐葉土をふみしめて逃げる大勢の人間たちのあとを、木の枝をへしおる破壊の音が追跡してくる。 トロールやミノタウロスなどの巨体の魔法人形が、密生した森の木の枝にひっかかり、それを強引に突破してくる音だった。 だが本当に恐ろしいのは、音をたてない人形たちだった。 サイズはそう大きくないが、それゆえ木々の間を縫うように走れ、枝に邪魔されることもない。大蛇、大くちばしを持った大きな走る鳥、クリザリングの館にいた人間そっくりの魔法人形。 不運にして追いつかれた者が引き裂かれているらしく、ごく稀にではあるが背後から魂を恐怖の色にそめる絶叫が聞こえてきた。 その中でも、あのスフィンクスがもっとも危険な存在だった。 ややのろのろしたほかの魔法人形と一線を画して、動きが速くすべらかだった。おそらく本物の獣なみに。これは追いつくどころか、先回りさえしている。 アニエスはかたまって走る先のほうに数度、俊敏な影が横切るのを見ていた。 ほかと離れて走っている者がいればやぶの中に引きこみ、喉笛を食いちぎるつもりなのだろう。 (今夜「王の森」で狩られているのはわれわれだ、畜生) 40 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 21 18 ID /8zwchxn 「……あと少しで防御できるところに出る! そこまで行けばなんとかなるから、走ってくれ!」 目前で先導して走っている、マーク・レンデルの一味の一人がそう怒鳴って伝えてきた。 アニエスは怒鳴り返す。 「訊きたいんだが! 陛下の所在が不明だ、どこにいるか知らんか!?」 「それっぽい娘ならこっちで保護してるよ! 剣を持った黒髪のガキも一緒だ!」 銃士隊長の最大の心痛が、かなりの程度やわらげられた。 ほっとしてもそれで気をぬくわけにはいかず、木漏れる月光をたよりに、木々にぶつからないよう注意しながらルイズの手を引っぱって疾駆するアニエスだった。 逃げながら脳裏に、先刻の「ウォルター・クリザリング」の金色の血をこぼす人ならざる姿が浮かんだ。 (あの怪物は言ったな、自分自身が〈永久薬〉でもあると) その言葉が記憶によみがえる。 『永久薬は、〈黄金の心臓〉と、それに従属する〈黄金の血〉で構成される。 しかし、〈永久薬〉はそれ自体では生物の体になんの影響もおよぼさない。あくまで器物に作用するものだ。 不滅を約束する〈黄金の血〉を受けた器物は特性を無限にひきのばされるが、血の主である〈黄金の心臓〉の持ち主に従属することになる』 …………あのとき、焚き火燃えさかる林道で、金色の血をこぼす傷口をふさごうともせず、「それ」は語っていた。 『この身は手を加えた魔法人形だ。しかしこの場のほかの人形とは決定的に違う。 かれらは〈黄金の血〉を体内にそそがれ、または浸されたに過ぎない……〈黄金の心臓〉そのものを搭載した魔法人形は、この場ではこの身ただ一体だ。 手前は「ウォルター・クリザリング」であり、黄金の血の主の一人であり、〈永久薬〉そのものでもある』 『クリザリング卿…… かつてミノタウロスの体に自分自身の脳を移植したメイジがいたと、タバサが語ったことがあるけれど【外伝2巻】……まさかあなたは、魔法人形そのものに』 おののきをこめた声で問うたルイズに、クリザリングはあっさり首肯した。 『そういうことだ、少女。脳と……永久薬と化した心臓をね。 他者の心臓と血液では、脳が拒絶反応を起こすと塔の伝承にあったので、この試みを成功させるにはクリザリング自身の心臓を変えるしかなかった』 だれもがこの怪奇な話に注意をうばわれていたが、アニエスは気づいた。 動きを止めていた魔法人形たちがいつのまにかひたひたと動き、一部が林道の脇の森に入って移動している。兵士たちを半包囲するように。 41 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 22 01 ID /8zwchxn クリザリングの幻惑するような雰囲気にのまれ、聞き入っているうちに今度は包囲されかねない。 二度もおなじ手をくらってはたまらないとばかりに、アニエスが注意喚起の声をあげる矢先、おなじことに気づいたらしき弓矢の男たちの一人が声をあげた。 『森に逃げこめ!』 一同がとまどったのは一瞬だった。 人形たちがその叫びを合図に、静から動に急激に転じて襲いかかってきた。 近衛隊もトライェクトゥム兵もはねるようにして反対側の森、その暗い木々の間にいっせいに転げこんだ。 獲物役と狩人役はそのときから変わらないまま、王の森を舞台にして命からがらの逃走劇がつづいている。 逃走するあいだにある程度の死者が出るのは、どうしても避けられなかった。メイジたちは最初こそ背後を向いて風の刃をとばしたり石の壁を立てたりしていたが、散発的なものでは大して効果はなかった。 しかし森に逃げこむことを提唱した男たちには、ある場所まで逃げこめば防戦の目処がたつようである。走りつつ共闘をもちかけられ、一も二もなくアニエスは首を縦にふったのだった。 彼女とて、こんなところで死んでたまるかという思いがある。 考えることがいくつもできていた。 (クリザリングが認めた闇の交易による莫大な富。それはどこへ行った? なにに使われた? すべてが奴のいかれた錬金術の研究についやされたのか?) 先年の事件と安直に結びつけるのは早いとしても。 (それに、港の公式記録に載っていないとしてもそこそこ規模のある商取引を行えば、商品や貨幣が市場に出回ったときに、市場に密着した関係者は感づくはずだ。 よほど慎重にやらなければ簡単に足がつく。十中八九プロの商人で協力者がいる) 走りながら考えこむ様子を、女王の身を案じていると思ったのか、森の無法者の一人がやや息を乱しつつアニエスに話しかける。 「娘は傷ひとつ、ないから安心するといい、いまごろは黒髪の、小僧といちゃいちゃしてるよ」 「ああいや、それなら安心……ん?」 「……そこの、男ちょっと待、ぜー、ぜひ、待ちなさい。 なんつったのよ今」 アニエスの後からすぐ、地獄の鐘が震わされたような声がきこえた。 走りつづけて息絶え絶えのルイズが復活していた。眼光が殺気をのせてギラついている。 紅潮した顔に汗をおびただしく流して、泡をふきそうなほど呼吸を荒くしながら、羅刹もかくやという表情。その剣幕に後ろをむいていた男が怯えを顔にうかべる。 「いや、なんか娘のほうが『ほれ薬』、を盛られてるとか…… 森で拾ったとき、小僧と熱烈にキスしてたからな。あれ、あの娘が女王なら、これってスキャンダル?」 生死の境とも思えないほど能天気な物言い。普段からそういう奴らしく、直後に並んで走っていた仲間からも頭をはたかれている。 ルイズがなにか穏当でないオーラを脳天から噴きあげている。フシューと音が聞こえそうだった。 42 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 22 41 ID /8zwchxn 「ぜはっ……あのワンコロじょ、上等だわね、はっ、はっ、なんだかアニエス、虚無がいくらでも撃てそうな、気が、してきたわよ急に」 「……貯めてろ」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ アンリエッタはベッドの上に横臥して丸まり、熱いため息をもらした。 体内の二種類の薬の争いになやまされ、肩を抱くようにして耐えながら、さんざん少年に醜態というか痴態をさらしたことにも懊悩していた。 こうして正気にたちかえってみると、恥ずかしさに顔が燃えあがる。 「ああもう……」 目を閉じ、やるせなさをこめてつぶやく。 ルイズと争う気になれず、才人のことはあきらめようと思ったのに、目下の状況は距離を置くどころか真逆をいっている。 こんなことでいいはずがない。 ないのだけれど、今も彼がそばにいないだけで胸がうずく。 まがりなりにも抵抗していながらこれなのだから、終わらない薬の効果に完全に負かされれば、強いられた想いに人格まで変わってしまうかもしれない。 アンリエッタは唇を、血がにじみそうなほど噛みしめた。 若くして選択肢のほとんどなかった彼女の人生だが、心で自由に思うことだけは人並みに許されていたのだ。 それまで強制されるのは、耐えられない。 たとえそれが、相手が才人でも。 信頼がおけ、意識もした相手。だから、晩餐の席にいた彼以外の他者に薬の効果が発揮されるよりは良かったのだろうけれど。 どこまでが自分の心で、どこまでが薬によって歪められたものか、それがわからなくなる状況はやはり許せなかった。 怖いのは解毒薬がうすれて、盛られた薬に深く侵食されていけば、その許せないという思いさえ消えてしまいそうなことだった。 が、小屋のドアが音をたてて開くと、才人が戻ってきたことに嬉しさを覚えてつい起き上がってしまう。 浮かびそうになった緩んだ笑みは、少年の後ろからマーク・レンデルが続いたのを見て、どうにかおさえこんだ。 「女王陛下」 マーク・レンデルは入ってくるやいきなりそう呼びかけ、アンリエッタの足元にひざまずいた。 ぱちくりするアンリエッタの前で、「陛下のもとで、奸悪なる森林管理官ウォルター・クリザリングを討たせていただきたい。わが弓と心をささげ奉ります」とこっけいなほど真剣に、その男は臣従の誓いを述べた。 困惑気味に、アンリエッタは才人を見た。才人が(彼はもうぜんぶ知ってる)という意味合いのうなずきを返す。 女王はベッドにきちんと腰かけて、目の前でかしこまる男に言った。 43 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 23 14 ID /8zwchxn 「隠したのは申し訳ありませんでした。わたくしはあなたが呼びかけたとおり、非才ながらもトリステインの王位にあるアンリエッタです。 ですがあなたはアルビオンの民ですから、必ずしもわたくしに臣従せずともよいのですよ。共闘してくれるのならば、きちんと報いますから」 「いいえ、陛下。 いやしくも自由の民マーク・レンデル、サーの称号は持たねども、騎士道にのっとりハルケギニア第一の尊貴なるレディにして王侯たる方に尽くすのは、本懐にございます。 なんとなれば我々、王の森の森番は、平民ながら代々の王党派。アルビオン王家に忠誠を誓った者たちでありました。王軍の弓兵として訓練を積んだこともございます。 トリステイン王家はわれらが王家とことに血縁濃く、かの反逆貴族の群れレコン・キスタを破滅させてくれた人とも聞き及んでおります。この弓は陛下にささげる所存でございます」 うやうやしく垂れた頭をいっそう深くしたマーク・レンデルの背後から、才人がやや焦れた顔になって急かした。 「丁寧なのはいいんだけど、早くしないとまずいんだろ。 姫さま、このおっさんと押し問答してる時間無いから。敵がもうすぐここに来るって。急いで立ち退かないと」 それに対し、マーク・レンデルは焦らない態度をくずさない。悠長に見えるほどである。 「坊主、ちょっと待て。いろいろと陛下に仰がねばならんことがある。 陛下、あなたの指にはめているそれですが……ああ、やはりそうなのですか。 ――永久薬の効果を破壊できる方策に心当たりがあります。塔に向かわれますか?」 \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 林道の喧騒は、兵士と魔法人形の群れとともに去った。残っているのは三人の召使、いや、三体の人間型魔法人形である。 すっかり深閑とした林道に立って、「ウォルター・クリザリング」は体に刺さった矢を一本一本抜いていた。その手つきは作業そのものである。 痛みはない。焦る必要もなかった。 ただ、手首のパーツは塔で補修する必要があるだろう。 「そうだ、手前は『ウォルター・クリザリング』だ……それ以外のなんだというのか」 自分自身に納得させるように、彼は焚き火に照らされた左手と黄金の血をみつめながらつぶやく。 その物静かな言動は逆に、自分自身が何者であるか完全には確信できないことを示していた。 彼は心さえも根底から変わった。人間としての情熱の大半を失ったその変化は、いつから起こったものか、なぜ起こったのか彼自身にもわからない。 この魔法人形に脳を移してからか。 〈黄金の心臓〉を得たときからか。 最初に、手の届かぬ少女を得たいと熱望し、塔に踏みこんだときからか。 昔の、繊細で神経質な御曹司であったウォルター・クリザリングは、いまや知識と懈怠と気まぐれと義務感よりなる、動きはするが壊れている時計のような存在になった。 44 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 24 35 ID /8zwchxn ルイズや才人がこのことを知れば、かつてタバサから話されたあのミノタウロスの末路を、戦慄をともなって思い返したかもしれない。 ミノタウロスの体に脳を移したメイジは、やがて体に脳がひきずられ、自身の行動が怪物そのものになっていったのだ。 そのことはクリザリングが知る由もなく、また彼の精神に影響を与えているのが魔法人形の体か、〈黄金の心臓と血〉であるのかすら定かではないが。 「実現してみるとこんなもの、か。 技術上の失敗なら克服できても、到達して執着が消えてはどうにもならんな」 何千回も繰り返してきた分析を、いちいち口にする。 ここ数年、この体になるまでは、彼はみずからの計画を狂気に近い熱意をもって行ったのだった。 政変のおりは研究を中断させられないため、レコン・キスタ内の人脈を活かし、革命という酒に酔えないほど腐った役人に賄賂を贈りつづけることで難を逃れた。 代王政府内部にも同様に、ただし人脈はゼロであったのでさらに多くの金を積んだ。 〈黄金の心臓〉を体内に錬成することが叶ってからは、自分からしたたる〈黄金の血〉にひたした風石を利用して資金をかせいだ。 権力者から不干渉を買ってそれからも、研究はつつがなく続けられた。 彼は、「塔のメイジ」の残した知識から、さらに一段上へと研究をすすめる。 自分自身を模した魔法人形を作り、それに脳と心臓をうつし……それとは別の、計画のもうひとつの肝要にあたる最後の業も、そのころにはなし終えていた。 だが、最終的に彼の計画は破綻した。 錬金術的肉体編成という一面にかぎれば、完璧な成功といってよかっただろう。失敗したのは、そこに宿る精神なのだった。 この身でも、最後の業でも。 「さまざまな犠牲をはらって、手に入れたものが『永遠の無感動』。やれやれ、喜劇にもならないな」 クリザリングは自嘲する。おのれを哀れむ色さえ今はないが。 あれほど望んだ魔法人形への転化を果たしたあとに心を占めたのは、ただの虚である。生に喜びを感じない。不老も、研究もどうでもよくなった。 彼の行動の原因となったアンリエッタへの焦がれでさえ、いまの彼にはわずかな情動しかもたらさない。 心にいちいち翻弄されていた過去のみずからを省みて、その卑小さを嗤笑するとともに、羨望をかすかに抱くのがいまの彼である。 ……皮肉にも、それだからこそかえって、「ウォルター・クリザリング」であることにこだわる傾向が彼にはあった。 「かつての自分ならなにを望むか」ということを行動基準の重大な柱として置く。 結果、怠惰ながらときに感情で動く人間のようにふるまおうとして、その行動は他者の目にはかえって気まぐれで奇矯なものと映るのだが。 その彼の心にも、いまだ義務として「塔を守る」ということは焼きついている。 金策でも、永久薬そのものや塔の知識を売ればもっと莫大な金が手に入っただろうが、それは考えることもできなかった。 クリザリング家の千年間守ってきた塔。 錬金術師の工房にして、永久薬を作った「塔のメイジ」の幽閉所。 45 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 25 09 ID /8zwchxn 「アルビオン王が許しを与えに来るのを、最上階で待ちつづける『塔のメイジ』…… 生きているかどうかも胡散くさいのに、それを幽閉しつづけるというのも馬鹿らしい話だがな」 実在したとはいえ「塔のメイジ」や永久薬にまつわる伝説には、疑わしい話が多いと彼も思っていた。 その一つが、「永久薬を自身に使い、塔のメイジは最上階で千年間生きつづけている」というものだ。 「無意味だな……永久薬は生物に直接投与しても効果をおよぼさない。 塔のメイジはおそらく自分の心臓を永久薬にしたのだろうが、それでも血が〈黄金の血〉に変わるだけで、われとわが身に変化がないのは、このクリザリング自身がよく知っている」 〈黄金の血〉どころか〈黄金の心臓〉を体内に錬成した人間でさえ、自分自身が不老不死になるような効果は持たない。あくまで、効果は器物に作用するのである。 だから過去のクリザリングも、魔法人形に心臓と脳を入れて「不老」に少しでも近づくという計画を立てたのだ。 塔の最上階は閉ざされ、「塔のメイジ」の姿など彼は見たこともない。 異形の魔法人形兵が塔のメイジの〈黄金の血〉で動いているのだから、生死はともかく〈黄金の心臓〉は残っているのかもしれないが。 「どのみち、クリザリングは守ることを望む、千年間わが家系の役目だったのだから。 そうとも、『アルビオン王が許しを与えてそれを解き放つまで』……」 彼の首がしゃっくりのように一度ゆれた。 なにか看過してはならないことに気づいたように顔をしかめる。 「いや、いや、待てよ……塔の錬金術の系譜は『血』が基本だ。 よもやとは思うが……」 つぶやいて、彼は焚き火から離れる。 金の血液をぼたぼたとこぼしながら、三体の人形をともない、夜の林道を一方に向かって歩きはじめた。 ………………………… ……………… …… その姿が濃い闇の奥に消えてしばらくしたころ。 一羽の緑色の小鳥が、rotと鳴きながら焚き火のそばに舞いおりた。 小さな足ではねるように、「ウォルター・クリザリング」の立っていた地面に近寄る。 こぼれた金色の液体。 粘性が高いのか地面にしみこまず、水銀のように林道の上に、てのひらほどの大きさで広がって風にさざなみだっている。 それを、小鳥はのぞきこむ。 短いくちばしが開き、ミミズのような赤い長い舌が出てきた。 小さな体のどこに収納されていたのかと思うほど、するすると伸びてくねる。 火の明かりと黒闇に狭まれた空間でほどなく、猫がミルクをなめるようなぺちゃぺちゃという音が聞こえた。 46 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 25 33 ID /8zwchxn \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\ 林道はわざわざ避けて、冷やく湿った香りのする森のなかを歩き続け、だいぶたつ。 まだ東の空は白んでいないが、日没より夜明けのほうに時間が近くなっている。 数人ばかりそろっている森の一味に先導されて、才人とアンリエッタは塔に向かっていた。 前方のマーク・レンデルに、たった今駆けもどってきた斥候が小声の早口で要求していた。 「俺たちは順調に魔法人形どもをここから遠くない『谷』の一つに引きこんでいる。森に散らばっている仲間も知らせを受けてそこに集まった。 あんたが指揮をとらないと、マーク。あんたの副官だったダンは死んだんだぞ」 「ダンのことは聞いた。俺はまず陛下を塔に案内せねばならん。どのみち同じ方向に向かってるんだ、あとから行く。 だが、トリステイン軍人のお歴々もいるようだし、指揮はそっちにまかせたほうがいいだろう」 苔がなめらかに地面をおおい、羊歯が群生している場所で、マーク・レンデルは振り向いた。 「いよいよ塔の近くまで来ました、陛下。しかし敵の部隊もその近くに来ます。心してください。 坊主、おまえ剣を持ってるが、いっぱしに戦えるか?」 「ああ、そっちのほうは自分で言うのもなんだが心得はある……ってかさ、一つ訊きたいんだが」 才人は機嫌悪く鼻を鳴らした。 その背中で、背負われたアンリエッタがくるくるきゅーと目をまわしている。 「俺が塔に行けないか訊いたときは『やめとけ』と言ったくせして、いまさら行こうって……なんだよそれ?」 その後の夜を耐えてた俺の苦悩はなんだったんだ、と才人は不機嫌なのだった。 マーク・レンデルはそっけなく答えた。 「言っただろ。塔にウォルター以外で入れる可能性があるなら、陛下ぐらいなのさ。 陛下の正体を知らなかったんだから、ただの小僧や娘っ子を塔に行かせるわけにいかないと思ったってしょうがないだろう? おまえがすぐ教えてくれればよかったのに」 それを言われるとぐうの音も出ない。 が、才人はなおも疑問が尽きたわけではない。 「それだよ。 『クリザリング家の当主、それに同道した者以外では、アルビオン王のみが入れる』って、姫さまはアルビオンじゃなくてトリステインの……わひゃう!?」 47 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 26 14 ID /8zwchxn 才人はアンリエッタを背負ったままその場で少しばかりとびはねた。 「ひゃひ、姫さま、耳をはむはむしないでくれ! 耳を!」 「……楽しそうだな」 「どこがそう見えるんだよ!?」 「騒ぐんじゃない。一応見張りは四方に放っているが、ウォルターの手勢が近くにいるかもわからんのだぞ。 それで陛下が落ちつくんなら、だまって耳くらい食わせとけ坊主。 入れるかもしれない、いちおうの根拠はあるのだ」 ………………………… ……………… …… 闇の色は森でも場所ごとにちがう。 森がひらけた場所では、月光が地面を刺すほどにふりそそぐ。 そのような神寂びた青い闇の中、古びた白の尖塔が立っている。 遠い昔には白亜でできたような美しい建築物だったのだろう。 いま、ただよわせる陰々滅々たる雰囲気は、その前に立ったものに息をわれしらず呑ませた。 この塔の下まできて、はじめてマーク・レンデルが才人たちに緊張を見せていた。 剣を持った三人の、召使の服装をした男たちが、塔の扉へつづく空堀の橋に立っていた。 背負った女王ともどもぐったりとして、荒い息を吐いていた才人が顔を起こす。 「あ。あの人たち、館にいた……」 その言葉が終わる前に、マーク・レンデルおよび部下たちが背負っていたイチイの長弓をかまえ、矢を射出している。 狙いあやまたずそれぞれの矢は、すべて橋の上の三人に命中していた。男たちはよろめきもしない。 声をのむ才人の前で、森の無法者たちはたちまち次の矢をつがえ、第二矢をはなっていた。 みずからの矢が一人の首をつらぬくのをちらと見ただけで、マーク・レンデルは厳しい顔で才人を向いた。 「見てのとおり、人間じゃない。ウォルターの魔法人形の一種だ」 「魔法人形……ちょっと待てよ、魔法人形でも致命傷くらったら倒れるはずだろ【8巻】」 48 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 26 42 ID /8zwchxn 「あいつらは別だ。〈永久薬〉で動いている、物理的に破壊するしかない。 まあ、いちばん厄介な魔法人形がここにいないだけでよしとしよう――」 背後の森から咆哮が聞こえた。 マーク・レンデルが月をあおいで舌打ちした。 その咆哮はまだ遠いが、耳をすませばそれ以外の叫喚、破砕音なども聞こえてくる。それは、刻一刻と近づくように思われた。 「もう来やがった。おい、坊主、あいつらは引き離してやるからさっさと塔の扉に陛下を連れて行け。あれは死なないし硬いから、剣で倒そうとするのは時間の無駄だ。 あの塔は一度中に入ってしまえば、塔の番人たちから攻撃はされないと昔、ウォルターから聞いたことがある。 入れなかったらすぐ引きかえしてこい、すみやかに陛下を隠すから」 弓を置き、腰のぼろぼろの革ベルトにさしていた手斧を抜いて、マーク・レンデルは数名の部下とともに突進した。 魔法人形の一体が、あっさりと腹に手斧をぶちこまれる。 ……にもかかわらず、その腕が剣をかまえるように動き、突きを送りだして無法者の一人ののどを刺そうとした。 その無法者があわてて飛びのきながら、「早くしろ」と才人にむけて怒鳴る。 たしかに乱闘が始まると、かれらは魔法人形たちと渡りあいながら、巧妙に橋の通路に隙間を空けているのだった。 才人は覚悟をきめて、アンリエッタを背負ったまま剣を器用に抜き、左手にルーンを光らせて一気に乱闘のそばを駆けぬけ、橋をわたって扉に達した。 「姫さま、起きてます!?」 扉の前で、ふにゃふにゃのアンリエッタを背から下ろす。 よろめいて才人にしがみつきながら、どうにか女王は二本足で立った。 それを支えながらも、才人はがっちりと閉ざされた堅牢無比そのものの鉄の扉を、困惑気味に見る。 「……どうしろってんだよ」 49 :黄金溶液〈中〉:2007/12/20(木) 01 27 27 ID /8zwchxn 橋のなかばで魔法人形の一体とつばぜり合いをする羽目になっているマーク・レンデルが、余裕のない声で叫んだ。 「ウォルターのやり方と同じはずだ、陛下の手をかざせ、押しつけろ!」 ふらふらしながらも、アンリエッタがどうにか自分で手を出し、扉に押し当てるように手のひらで触れた。 最初の数瞬はなにも起こらなかった。 才人が(だめか)と苦い思いをいだいたとき、その音が響いた。 〈照合。あるびおん王家直系ノ者、風ノるびー〉 ぎょっとして才人はのけぞる。その軋るような錆びた声は、扉の上部から聞こえた。 塔そのものがしゃべったような錯覚におちいる。いや、錯覚ではないのだろうか。 〈資格アリ。然レバ疾ク入ラレヨ〉 扉が、ほんとうに軋る。 冥界への穴のようにぽかりと口をひらいて、黒い内部をさらした。 ……才人はさきほどの道中でマーク・レンデルに聞かされた話を思い浮かべた。 魔術や錬金術のたぐいには、平民にはうかがい知れなくともきちんと体系づけられた論理がある。 塔に踏みこめるのがクリザリング家、そして王家のみという点にも、なにか選別する条件があるはずなのだ。 家系であることを考えると、おそらく「血」。 もしくは、その家系に代々伝わる何か。 マーク・レンデルの推測はただしかった。両方だったわけである。 アンリエッタの血は、アルビオン王家の血も濃い。彼女の死んだ父王はアルビオン王の実弟だったのだから。 そしてアルビオン王家に伝わってきた「風のルビー」は、いまアンリエッタの手にあった。 マーク・レンデルの語った伝説によれば、最上階の「塔のメイジ」を、アルビオン王の名において解放すればよいとのことである。 その千年前のメイジによる大半の魔法人形はじめ、多くの〈永久薬〉による効力を及ぼされた物品を、無にもどすことができるという。 (ここまできたんだ、上に行ってやろうじゃねえか) 才人は小ビンのふたを取り、アンリエッタに渡す。 女王は強く酩酊したように震える手で受けとり、最後の一口分の解毒薬をくいっとのみほした。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4624.html
6-267食後のデザート -- せんたいさん 6-359魔王 -- 205 6-398サイト×アンリエッタ -- 220 6-454タバサの使い魔 -- せんたいさん 6-469 353の依頼物 -- 6-552 『魔法戦隊メイガスファイブ』1〜5話ダイジェスト -- せんたいさん 6-559おでかけ。 -- 6-567サイト×アンリエッタ -- 6-359魔王-更新 -- 205 6-469 更新 -- 6-586 -- 261 『魔法戦隊メイガスファイブ』ダイジェスト 更新 -- せんたいさん 6-605 -- 6-619女の友情 -- せんたいさん 6-630ルイズのハロウィン -- 261 6-640テファのハロウィン -- 261 6-619女の友情 更新 -- せんたいさん 6-640テファのハロウィン 更新 -- 261 6-619女の友情 更新 -- せんたいさん 6-702 -- 6-630ルイズのハロウィン 更新 -- 261 6-766 -- 7-15ご注文は? -- せんたいさん 7-32サイト×アンリエッタ -- 220 7-34オーダー!〜タバサのばあい〜 -- せんたいさん ルイズルイズ! -- 7-101 7-124 -- 220 7-128ルイズとサイトの夜 -- 謎の人 7-142 -- 261 7-149オーダー!〜アンリエッタのばあい〜 -- せんたいさん 6-359魔王-更新 -- 205 7-32サイト×アンリエッタ 更新 -- 220 7-219 -- 7-230きちくおうさいと -- キュンキュン 7-245遠く六千年の彼女 -- 7-255オーダー!〜アニエスのばあい〜 -- せんたいさん 6-359魔王-更新 -- 205 7-321 -- 7-326使い魔はコンと咳をして -- ◆manko/yek. 7-255オーダー!〜アニエスのばあい〜 更新 -- せんたいさん 7-352ルイズ×サイト -- 220 7-219 更新 -- 7-365 -- 純愛センター 7-374ルイズ×サイト 353+α -- 220 7-142 更新 -- 261 7-219 更新 -- 7-401ルイズとタバサ -- せんたいさん 7-365 更新 -- 純愛センター 7-326使い魔はコンと咳をして 更新 -- ◆manko/yek. 7-365 更新 -- 純愛センター 7-495双月の舞踏会〜if -- せんたいさん 7-504 -- 220 7-142 更新 -- 261 7-532 -- 純愛センター 7-542きのこのクリームシチューができるまで -- ◆manko/yek. 7-552意地っ張りの末路 -- D_K ◆qrZtCzv0Ak 7-558 -- 220 7-565夢への一歩 -- せんたいさん 7-576不眠 -- 6-14 更新 -- 220 7-142 更新 -- 261 7-628明日はクリスマス -- tomo 7-647 -- 7-565夢への一歩 更新 -- せんたいさん 7-532 更新 -- 純愛センター 7-680 -- ◆mitty.ccnw 7-668第一回トリステイン魔法学院大運動会 -- せんたいさん 7-693運動会@準備編 -- せんたいさん 7-698 -- 純愛センター 7-700 -- 205 7-694 -- 7-708 -- 261 8-5素直になって、自分 -- 205 7-532 更新 -- 純愛センター 7-219 更新 -- D_K ◆qrZtCzv0Ak 7-532 更新 -- 純愛センター 8-38運動会@借り物競走 -- せんたいさん 7-532 更新 -- 純愛センター 8-66 -- 8-70オトコノコの役割 -- ◆manko/yek. 8-91ルイズと不思議な女神像 -- ◆manko/yek. 8-100おねしょタバサ -- D_K ◆qrZtCzv0Ak 8-110ルイズ×サイト -- tomo 8-116 -- 8-125借り物競走〜シエスタのばあい〜 -- せんたいさん 8-150オムツタバサ -- D_K ◆qrZtCzv0Ak 8-170借り物競走〜ルイズのばあい〜 -- せんたいさん 8-188オトコノコの役割 分岐 -- 6-359魔王-更新 -- 205 8-214少女の苦悩、少年の怒り -- 205 8-223原作でもこんな展開あったらいいなぁ -- ◆mitty.ccnw 8-227借り物競走〜タバサのばあい〜 -- せんたいさん 7-532 更新 -- 純愛センター 8-110ルイズ×サイト 更新 -- tomo 8-275あらしのよるに -- せんたいさん 8-303アメリカンジョーク風ゼロの使い魔 -- 8-309少女の苦悩、少年の怒り -- 205 7-532 更新 -- 純愛センター 8-323 -- 261 8-343アメリカンジョーク風ゼロの使い魔 -- 8-344乙女達の戦争 -- ◆manko/yek. 8-364ルイズと犬 -- 7-532 更新 -- 純愛センター 8-323 更新 -- 261 8-425アメジョ風に便乗 -- 8-188オトコノコの役割 分岐 更新 -- 8-464 -- 220 8-470ゼロ魔ダイバー -- 205 8-492風神 -- 205 8-523運動会@エキシビションマッチ! -- せんたいさん 8-543 -- 純愛センター 8-546ルイズのあいびき -- ◆manko/yek. 8-323 更新 -- 261 7-532 更新 -- 純愛センター 8-612 -- 8-617 -- 8-618バカップルイズ〜そして彼女はやさぐれる〜 予告編 -- 8-523運動会@エキシビションマッチ! 更新 -- せんたいさん 8-633サイトと魔法の布 -- 純愛センター 9-11二度目の夜は。 -- ◆mitty.ccnw 5-637 更新 -- 261 9-44最強の敵 -- ◆manko/yek. 9-78 -- 9-82ルイズの優雅なデート録 -- Coa 8-523運動会@エキシビションマッチ! 更新 -- せんたいさん 8-633サイトと魔法の布 更新 -- 純愛センター 9-122黒い誘惑 -- せんたいさん 9-134ラ・ヴァリエールの娘 -- 5-637 更新 -- 261 9-191 -- 9-234 5-637続き -- 261 9-244 5-637続き -- ◆mitty.ccnw 9-260イザベラ慣らし -- 191の者 9-275 -- 220 9-281サイト争奪杯 -- 9-286惚れ薬編if -- ◆mitty.ccnw 9-291ティファニアの想い -- 261 9-281サイト争奪杯 更新 -- 9-291ティファニアの想い 更新 -- 261 9-326ダメ、絶対。 -- 9-340イザベラとシャルロット -- 261 9-357雨の降る夜は -- せんたいさん 9-376夜這い -- 9-82ルイズの優雅なデート録 更新 -- Coa 9-487父来る -- せんたいさん 9-508 -- 220 9-536ワルドの居る生活 -- 261 9-549アニエスの囚われ人 -- 261 9-560ビダーシャルの趣味 -- 261 9-281-2サイト争奪杯〜シエスタの場合 -- 284 9-600シルフィもサイトと遊びたい! -- Coa 9-615イーヴァルディの花嫁 -- せんたいさん 10-5仁義なき家族計画 -- ◆manko/yek. 10-22 -- 220 10-82タバサの寝場所 -- 261 9-281-4サイト争奪杯〜アニエスの場合〜 -- 284 10-5仁義なき家族計画 更新 -- ◆manko/yek. 10-104 -- 220 10-117ルイズの秘密 -- 261 10-136ひのきのお風呂 -- せんたいさん 10-5仁義なき家族計画 更新 -- ◆manko/yek. 9-281-3サイト争奪杯〜アンリエッタの場合〜 -- 284 10-104 更新 -- 220 10-136ひのきのお風呂 更新 -- せんたいさん 10-221才人のお買い物 -- せんたいさん 10-247魔法具『操りの真珠』 -- せんたいさん 10-259シエスタの衣装 -- 261 10-247魔法具『操りの真珠』 更新 -- せんたいさん 9-281-1サイト争奪杯〜ルイズの場合〜 -- 284 10-306ギーシュとモンモランシー -- 261 10-317媚薬『姿見の悪魔』 -- せんたいさん 10-104 更新 -- 220 10-340ティファニアの祈り -- 261 10-348サイト争奪杯〜番外編〜 -- 284 10-317媚薬『姿見の悪魔』 更新 -- せんたいさん 10-393ルイズの膝枕 -- 261 10-410『泥のスキルニル』 -- せんたいさん 9-549アニエスの囚われ人 更新 -- 261 10-340ティファニアの祈り 更新 -- 261 10-502えっちできれいなおねえさん -- せんたいさん 10-517飼われ日記 -- 220 9-260イザベラ慣らし 更新 -- 191の者 10-340ティファニアの祈り 更新 -- 261 10-604守られる想い -- 261 10-623雪風の計 -- せんたいさん 10-340ティファニアの祈り 更新 -- 261 10-623雪風の計 更新 -- せんたいさん 10-340ティファニアの祈り 更新 -- 261 10-691ルイズのおもちゃ -- 261 11-35アンのお相手 -- 261 11-76平賀さん -- 205 11-103鬼は外 -- 284 10-340ティファニアの祈り 更新 -- 261 11-122 10-340その後 -- 261 11-150危ない桃りんご -- せんたいさん 11-103鬼は外 更新 -- 284 11-192ルイズの変装 -- 261 9-260イザベラ慣らし 更新 -- 191の者 11-249女王の花嫁修業-- せんたいさん 11-256 -- 11-266ルイズ×テファ -- 11-284幸せな男爵様 -- 205 11-307おるすばん -- 261 11-308アニエスの椅子 -- 261 11-361『チクトンネ街の女王』 -- 11-386ある日の出来事 -- 284 11-391聖女の日 -- せんたいさん 11-418 -- 374 11-429つうこんのいちげき -- 261 11-474聖女の日〜アンリエッタの場合 -- せんたいさん 11-418 更新 -- 374 11-386ある日の出来事 更新 -- 284 11-494 サイトとバレンタイン -- 261 9-260イザベラ慣らし 更新 -- 191の者 11-559 なやみごと -- 261 11-386ある日の出来事 更新 -- 284 11-588不幸せな友人たち -- 205 11-418 更新 -- 374 12-15聖女の日〜タバサの場合 -- せんたいさん 11-588不幸せな友人たち 更新 -- 205 9-260イザベラ慣らし 更新 -- 191の者 12-15聖女の日〜タバサの場合 更新 -- せんたいさん 12-88ある吟遊詩人の手記 -- せんたいさん 12-101 -- 12-117知的好奇心 -- 261 12-151 -- 純愛センター 12-153女王アンリエッタの優雅な一日 -- 12-164聖女の日〜ティファニアの場合 -- せんたいさん 12-189試験目前 -- 284 11-418 更新 -- 374 12-164聖女の日〜ティファニアの場合 更新 -- せんたいさん 11-361『チクトンネ街の女王』 更新 -- 12-229サイトの変身 -- ◆manko/yek. 12-267女王アンリエッタの可憐な一日 -- 12-279聖女の日EX〜ルイズの場合 -- せんたいさん 12-294撃墜王(エース) -- ◆manko/yek. 12-351乙女の作り方 -- 12-365青銅と香水と聖女の日 -- せんたいさん 12-379 -- 12-400一抹の希望 -- 12-416サクラ前線異常アリ -- せんたいさん 9-260イザベラ慣らし 更新 -- 191の者 12-468 -- 220 12-477野宿万歳 -- 284 12-508 -- 12-513 -- 220 12-535過去現在未来 -- 12-559サイトの教え -- ぺとるーしゅか 12-416サクラ前線異常アリ 更新 -- せんたいさん 12-605 -- 12-613才人の逆襲 -- せんたいさん 12-624 -- 220 X00-02ルイズの夢 -- カラシ 12-658アニエス堕ちる。 -- 12-683才人の受難 -- せんたいさん 12-720別離 -- ぺとるーしゅか 12-753未成年の希望 -- 284 13-5平賀君の恋人 -- せんたいさん 13-29湯けむり協奏曲 -- Soft-M 11-361『チクトンネ街の女王』 更新 -- 13-62あなたの未来はどっちですか? -- 205 13-82マリコルヌの休日 -- ぺとるーしゅか 13-96 -- 220 13-103メイド・イン・トリステイン -- せんたいさん 13-134シルフィメイドになる。の巻 -- せんたいさん 13-154使い魔体験アンビリーバボー -- 284 13-162タバサと落ちてきた勇者 -- 13-202俺のパンツを履いてくれ -- 13-251蜘蛛の糸 -- 261 13-309 -- 13-312モンモンメイドになる。の巻 -- せんたいさん X00-03きっとこんな未来 -- せんたいさん 13-309 更新 -- 13-340桃色の花 -- さんざむ 13-375千の偽り、万の嘘 -- せんたいさん 13-391メイドのお役目 -- 261 13-202俺のパンツを履いてくれ 更新 -- 205 13-453目覚め -- 261 13-478銃士隊前編 -- 13-492キュルケメイドする。の巻 -- せんたいさん 13-517銃士隊後編 -- 13-528ねばねば健康法 -- せんたいさん 13-545落日の大后 プロロ−グ -- 13-564 -- 220 13-586八年後 -- ぺとるーしゅか 14-8真実(まこと)の黒 -- さんざむ 14-27 -- 14-44 -- 220 14-65見知らぬ星 -- 痴女109号 14-83たのしいおかいもの -- せんたいさん 14-27 更新 -- 14-8真実(まこと)の黒 更新 -- さんざむ 11-361『チクトンネ街の女王』 更新 -- 14-8真実(まこと)の黒 更新 -- さんざむ 14-83たのしいおかいもの 更新 -- せんたいさん 14-65見知らぬ星 更新 -- 痴女109号 14-211どっちにするの? -- せんたいさん 13-202俺のパンツを履いてくれ 更新 -- 205 14-259その名はイーヴァルディ -- 205 14-268ルイズの調教日記 -- 14-281タバサにする! -- せんたいさん 14-313ぐっすり -- 261 14-27 更新 -- 14-268ルイズの調教日記 更新 -- 14-344フラグクラッシャーズ? -- 205 14-65見知らぬ星 更新 -- 痴女109号 14-374運動不足 -- 284 14-392金の誘惑 -- さんざむ 14-426ルイズにする! -- せんたいさん 14-478一筆啓上 -- 261 14-495ヴァリエール家の牝犬 -- 205 14-65見知らぬ星 更新 -- 痴女109号 14-392金の誘惑 更新 -- さんざむ 14-426ルイズにする! 更新 -- せんたいさん 14-597金縛り? -- 261 14-632救国の勇者 -- せんたいさん 14-676 -- 205 14-725黄金の日々 -- 261 14-734 -- 220 15-16挑戦者アリ! -- せんたいさん 15-26契約 -- 痴女109号 15-42死神 -- 15-65でんせつのおれとでんせつのけん -- りょうじょくはにい 15-181事の発端? -- Soft-M 15-247 -- 15-312戦技教官雪風 -- せんたいさん 15-378女王様の散歩 -- ◆GO7kPgiHGw 15-390こんなデルフは超嫌だ -- 15-399翼よごらん -- 15-405脳内11巻 -- 15-455今日の料理 -- せんたいさん 15-508愛しい人 -- 13-62あなたの未来はどっちですか? 更新 -- 205 15-593天使の指先 -- Soft-M 15-26契約 更新 -- 痴女109号 15-683竜の血 -- 261 15-692子供のころに戻って -- せんたいさん 15-756タイムトラボー -- 15-774 -- 15-800 -- 15-828微熱の唇 -- Soft-M 15-841 -- 15-871だきまくら? -- 261 15-884シエスタと小さな才人 -- せんたいさん 16-14緩やかな炎 -- 261 16-139 -- 16-158ルイズと小さな才人 -- せんたいさん 16-175どっかで聞いた話 -- 16-203口付けの理由 -- Soft-M 7-532 更新 -- 純愛センター 16-267タバサと小さな才人 -- せんたいさん 15-26契約 更新 -- 痴女109号 チョッまじ --
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4693.html
前ページ次ページ割れぬなら…… 月下斬舞 敵は7万、こちらは1人。 それを戦争だと言い張れる者がいるだろうか。 ルイズは死ぬつもりだった。 味方を逃がすために、1人でも多く生き延びさせるために、ルイズは7万の敵にありったけの魔法を浴びせて死ぬつもりだった。 ……しかし、ルイズはそれを果たせなかった。 幾重にも幾重にも連なる敵兵達を掻き分け、突き抜け、白馬に乗った一人の武人が飛び込んできたのだ! 「チョウウンッ!?」 ……趙雲子龍、ルイズが呼び出した虚無の使い魔。 ルイズは趙雲に撤退を命じていた。 しかしこの男は命を破り、ルイズを救いに敵中を突破してきたのだ。 「遅くなりました」 敵兵が茫然としている中で、趙雲はゆっくりとルイズの前に進み、鋭い殺気と共に敵を睨みつける。 「ルイズ様。 この趙雲の後ろは、いかなる敵も手を出せぬ処」 返り血で真紅に染まった槍を振り上げ、さらに敵を威嚇する。 ルイズには、趙雲の意図がすぐにわかった。 自分が敵を食い止めている間に逃げろという事だ。 ああ……いつだって私は護られてばかりだ。 いつだってチョウウンは私を護り続けてくれた。 どんなに辛く当っても、どんなに窮地に立たされても。 チョウウンを殺しちゃいけない……絶対に!! 「チョウウンッ!!」 武人は答えない、全身全霊の力を前に……ルイズが居ない方向に向けている。 「私の命は護られて生き存えるものじゃないわ! チョウウン、撤退なさい!」 武人は動かない。 微動たりしない。 ルイズは敵の乗っていた馬を奪い、一足先に撤退を始める。 それを見た敵兵達は、逃がすものかと駆けだした。 まだまだ童と決めつけておりましたが…… 「御意!」 趙雲が敵に背を見せた。 同時に振るった槍は、一度に7人の男を葬った。 「チョウウン! 雌雄を決するのはまだまだ先よ!」 「仰る通り、だが敵はあなたが推し量るほどに甘くはございません」 趙雲の言葉に呼応したかのように、無数の敵が退路に殺到していた。 「よろしいですか。 目を閉じ、身を深く沈め、力と呼吸を馬と合わせることに専心なさいませ」 趙雲が2頭分の手綱を握る。 そして一気に体を深く深く沈める。 趙雲の体は馬の胴体よりも低くなり、手綱が引きちぎれんばかりに引っ張られる。 疾走する2頭の馬は、ありえない角度で曲がった。 退路を塞いでいた者達が驚愕するも、曲がった先にも敵兵が押し寄せている。 同胞の仇を相手に沈着苛烈なこの用兵。 これがミョズニトニルンというものか! しかし…… 凄まじい勢いで詰められる包囲。 殺到する無数の兵士。 趙雲が2頭の馬に乗った。 跨っているのではなく、乗っている。 「曲乗りに惑わされるな! 挟みあげい!」 敵の指揮官らしき男……ミョズニトニルンが叫ぶ。 さらに勢いを増す敵兵。 趙雲が跳ぶ。 落馬をした訳ではない、逃げるのを諦めた訳でもない・ 鞍からのびる綱一本を頼りに、全身を馬から投げ出したのだ。 しかし、主君の命をあずかっているこの地と 我が身命の置き場となったこの天の狭間は……趙雲の武がまさに勇躍する処ぞ!! ……窓から日の光が差し込み、小鳥が木の上でさえずっていた。 肌に触れる感触は、少しばかり湿った布団。 心なしかかび臭い。 そして相変わらず自分を包む石畳、鉄格子。 ルイズは慌てて飛び起きる。 「え? 牢獄? なんで!?」 もう一度周りを良く見てみる……何度見ても牢獄にしか見えない。 「ま、まさか……戦闘中にここまでテレポートしてしまったの!?」 ルイズは愕然とした……自分のあまりにもアホらしい考えに。 もし本当にテレポートしたとしても、趙雲と合流するまでに負った傷が一瞬で消えるなんて不自然だ。 それによく思い出してみると、ルイズが召喚したのは趙雲ではなく、曹操の筈だ。 第一、テレポーテーションなんて非現実的すぎる。 つまり…… 「……夢?」 ルイズは疲れていた。 とにかく、使い魔召喚の儀式からレコン・キスタと正面衝突するまでの、全部を夢で見たのだ。 何度も襲いかかる辛い出来事に、チョウウンに護られながら、私自身もボロボロになって戦った。 「何度やめようか、逃げようかと思ったことか…… だけど、その度にチョウウンは傷つき、血反吐を吐きながら私に仕えてくれた。 しかもウェールズ殿下の事が好きだとばかり思っていた姫様が、実はチョウウンが好きだと打ち明けてきて、 チョウウンは3日間苦しみぬいたあげくに…… 妻なくとも武士の勤めは行えます。拙者は武士として名分の立たぬことのほうを恐れますと。 何も言わずにただうつむいていた姫様と、たった1人で月を眺めていたチョウウン…… 抱きしめてあげたかった。 小指と小指を絡ませて、腕の中へ引き寄せてあげたかった。 こんな駄目な主は放っておいて、チョウウンはチョウウンとして生きてほしかった。 せめて誰かの役に立って死のうと、敵軍の足止めに志願したら、そんな処にまでチョウウンは助けに来て…… それが、それが……それが全部夢ぇっ!!? 現実ではあんなへっぽこ謀反疑惑が使い魔で、あんなにカッコ良くて綺麗で強い使い魔が夢? ええい!! 文字通り夢を見せやがってコンチクショウッ!!!」 怒りにまかせて空のボトルを蹴り飛ばす。 ボトルは壁に激突して砕けた。 「ソウソウの馬鹿……こんな時くらい、助けにきなさいよ……」 「ぷっ」 人の声がした。 おおよそ24時間一度も聞けなかった人の声がした。 振り返ると、鉄格子の外に人が居た。 キュルケとワルドとコルベールと曹操。 「いつから居たの?」 「『テレポートしてしまったの?』の辺りから」 皆を代表してキュルケが答えた。 ルイズは死んだように硬直した。 キュルケがニコニコと……訂正、ニヤニヤしている。 ワルドは必死に笑いをこらえている。 コルベールは誰とも視線を合わせないようにしている。 曹操の表情はややわかりにくいが、彼も笑いをこらえている。 その状態のまま何秒かが過ぎる。 しかし、その危うい均衡はすぐに崩れ去ってしまった。 「もう……無理……」 その言葉を最後に、キュルケが爆発した、決壊した、吹いた。 わかりやすい言い方をするのなら、笑い出したという事だ。 ほぼ同時にワルドも曹操も止めていた息を盛大に噴き出した。 コルベールはオロオロしている。 ……ルイズがキレた。 しかし、今の彼女には杖が無い。 鉄格子から1メイルも離れれば、もうルイズの手は届かない。 「チョウウンの100分の1でも良いから私に優しくしなさいよおおおぉぉぉぉーーー!!!」 その悲痛な叫びは、3人分の笑い声によってかき消された。 その頃……降臨祭の日にガリア大使としてトリステインに来訪してきた男が、グラン・トロワにてジョゼフ一世と謁見していた。 いや、謁見と言うには少しばかり語弊が生じるかもしれない。 まず、その部屋には2人の他に人間は存在しない事。 2人は机を挟んで交互に盤面上の駒を動かし……はやい話、チェスをしているのである。 「殿。ラドクリアン湖の増水の件、私も参りましょう」 男が黒い駒を動かし、ポーンを殺す。 「何故だ?」 ジョゼフが純白のナイトを自陣近くまで後退させる。 「先日、トリステインにてガンダールヴを見て参りました」 漆黒のポーンがクイーンへと昇進した。 「続けろ」 白のキングとルークの位置が入れ替わる。 「かの国に放った密偵からの報告によりますと、ガンダールヴは例の小娘に執心の様子だとか」 黒のビショップがナイトを殺す。 「ほう……しばらく目を離した間に、ずいぶんと育ったものだな」 白のルークが先のビショップを殺す。 「生かしておけば、後々ガンダールヴを釣り上げる餌となりましょう」 ルークが抜けた穴に、黒のクイーンが切り込む。 「あえて行動を共にするのは、餌と魚から針を隠すためか」 白のキングが退く。 「この賈言羽にお任せください」 黒のナイトが退路を断ち、白のキングが囲まれた。 どう動いても、4手後にキングは殺される事だろう。 「……よかろう、好きにするが良い、我が使い魔よ」 「……では、我らがご主君の厄介払いを祝して」 「乾杯」 ワルドの音頭に合わせ、皆が杯を合わせる。 先日の上奏の後、曹操は『シュヴァリエ』の称号を与えられ、ゲルマニアとの国境近くに小さいものの領地を与えられた。 ……昇進の名を借りた厄介払いである。 リッシュモンは死罪、彼の息がかかった者達もなんらかの処分を受けた。 処分を免れた他の宮廷貴族達が、曹操に糾弾されるのを恐れて、中央から遠ざけようとしたのだ。 曹操はこれを承諾。 明日にでも与えられた領地に向かう予定である。 その日、王都トリスタニアにある酒場にて、曹操の出世……もとい、厄介払いを祝う宴会が催された。 参加メンバーは曹操、ルイズ、キュルケ、タバサ、ワルド、コルベール、副官、そしてアニエス。 では、そんな彼等の心温まる宴会風景を見てみよう。 曹操とタバサの場合。 とてつもなく苦いサラダの栄養学について、延々と語りあっていました。 以上。 ワルド、コルベール、アニエスの場合。 「本当になんと言ってお詫びをすれば良いのやら……」 アニエスは酒を飲み、ひたすら暗くなっていた。 曲がりなりにもダングルテールの同胞達の無念を晴らしてくれた曹操は大恩人であり、 知らなかったとはいえ、その大恩人を射殺しようとした自分は鬼畜にも劣るらしい。 さっきから、そんな話題が何度も何度も何度も何度も繰り返されていた。 ちなみに、曹操はその件について全く気にしていない。 アニエスが恩返しを申し出ても「好きにするといい」としか答えない。 降臨祭の日から数日、アニエスは一度も恩返しらしい事をしていないため、自責の念が捨て去れないのだ。 もっとも、一度や二度の功績で清算しきれるほど、アニエスの感謝感激の念は薄くはないのだが。 「はっはっはっはっは、はははははははははは!」 逆にワルドは極めて明るい。 ここまで楽しい思いをするのは、彼の人生で初めての事かもしれない。 「いやぁ~、それにしても我らがご主君の啖呵は実に見事! リッシュモンの慌てふためく顔は実に痛快! トリステインは大激震! まさに天下の謀反人の所業だぁ!」 そんな爆弾発言を、大笑いをしながら言ってのける。 「何をいわれます! ソウソウ殿は国を憂う気骨の士。まさに真の大忠臣!」 アニエスが発言の撤回を求め、ワルドに食って掛かる。 「いやいや、アニエス君は若いし、ご主君と出会ってから日も浅い。 ご主君の本質は謀反人、奸雄と言い換えても良い」 「いいえ! ソウソウ殿は憂国の士。これからのトリステインに無くてはならない国家の柱石となりましょう」 「はっはっはっは、乱世の奸雄だ!」 「治世の能臣です!」 「まあまあ、まあまあ……」 殴り合いになる前に、コルベールが仲裁する。 この男、さっきから一杯も飲めていない。 ルイズ、キュルケ、副官の場合。 「乱世の奸雄!」 「治世の能臣!」 幾度となく勃発する曹操論を、ぼんやりとルイズは眺めていた。 ルイズを牢獄に閉じ込めたのはワルドで、それを指示したのは曹操だった。 曰く「念のために」だそうだ。 ルイズは曹操から信用されていなかった。 そう考えても怒りは湧かず、むしろ悲しかった。 悪いのは私だ……と、ルイズは思う。 考えてみたら、私はソウソウに何もしていない。 むしろ、顔を合わせる度に叱るか、怒るか、止めようとしていた。 ソウソウを遠ざけていたのは、私の行動だった。 だったら…… 「なぁ~に暗い顔してるのよ、ル・イ・ズ!」 がばぁ、という擬音と共に、キュルケが抱きついてくる。 酒の匂いはしない。 しかたなくルイズは考えを止め、ちょっとした質問をキュルケにしてみた。 「ねぇキュルケ、そういえば貴方はどうしてソウソウを探していたの?」 「え? ああ、報告よ」 「報告?」 「ええ、ここに私とダーリンの愛の結晶が……ぽっ」 そう言うとキュルケは顔を赤らめ、そっとお腹をさすった。 いくらルイズでも、妊婦は攻撃できなかった。 怒りの矛先は、とりあえず副官に向かった。 ……合掌。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、寿退学。 翌年、第一子『曹昴』誕生。 前ページ次ページ割れぬなら……